小刀で描く〝地道〟な型染の世界 人の手で作った作品ならではの味 暮らしに溶け込むデザイン
「イーハトヴは一つの地名である」「ドリームランドとしての日本岩手県である」。詩人・宮沢賢治が愛し、独自の信仰や北方文化、民俗芸能が根強く残る岩手の日常を、朝日新聞の三浦英之記者が描きます。 【画像】柔らかで独特の風合いと味わい、小刀で文字や図柄描く「型染」の世界
のれんや風呂敷、額絵や本の表紙も
小刀で文字や図柄の「型紙」を作り、その型紙を使って布や紙に模様を落とし込む「型染(かたぞめ)」。 岩手・紫波町で制作を続ける型染作家・小田中(おだなか)耕一さん(72)の作品は、のれんや風呂敷などにとどまらず、童話の世界を描いた額絵や本の表紙など、多くのファンを魅了し続ける。 祖父が建てたという築100年近くの工房。入り口には、色が少しにじんだような、温かみのあるデザインののれんが揺れる。 「型染で染めると、文字や図柄が少し柔らかくなるんですね。それが独特の風合いや味わいを生んでいる理由です」
人間国宝の下で修業10年
紫波町で続く染物屋の3代目。 高校卒業後、「型絵染」で知られる人間国宝・芹沢銈介氏の作品集を見て、約10年間、芹沢氏の下で修業を積んだ。 「芹沢先生はよく『のれんはくぐるものだよ』と口にしていました。それは家族やお客さんが毎日目にするもの。奇抜なデザインではなく、暮らしに溶け込めるようなものを作りなさい、という教えでした」 型染は、小紋や風呂敷の唐草模様など、日本に古くから伝わる手法だ。 薄い和紙に文字や図柄の下絵を描いた後、柿渋を塗った硬い和紙の上に貼り付けて、小刀で切り抜く。 型紙ができたら、布や紙の上に置き、上からのりを塗っていく。 型紙をはがして、のりを乾かした後、のりのついていない部分に顔料などで色をつけ、のりを洗い流すと、色を塗った部分だけが文字や絵となって、布や紙の上に浮かび上がってくる仕組みだ。
北国に広がる「明るい世界」
小田中さんの作品は、師匠の芹沢さんと同様、沖縄の染め物「紅型」に影響を受けた、南国風の色鮮やかなものが多い。 「北国の岩手に、ぱっと明るい世界が広がればと思って作っています」 すべてが地道な手作業だ。 注文を受け、デザインを考えるのに2週間以上。 そこから型を彫って染め上げるのに、最短でも2週間以上かかる。 機械やデジタル技術の進歩によって、あらゆる印刷物や染め物が安価に、短期間で作られていく時代――。 それでも、と思う。 「機械を否定するわけではありませんが、人間が作った物には、人間が作った物にしかない良さがあるのです。その良さを信じて、私は型染を続けていきたい」 生み出す絵や文字と同じように、やわらかく微笑む。 (2022年10月取材) <三浦英之:2000年に朝日新聞に入社後、宮城・南三陸駐在や福島・南相馬支局員として東日本大震災の取材を続ける。書籍『五色の虹 満州建国大学卒業生たちの戦後』で開高健ノンフィクション賞、『牙 アフリカゾウの「密猟組織」を追って』で小学館ノンフィクション大賞、『太陽の子 日本がアフリカに置き去りにした秘密』で山本美香記念国際ジャーナリスト賞と新潮ドキュメント賞を受賞。withnewsの連載「帰れない村(https://withnews.jp/articles/series/90/1)」 では2021 LINEジャーナリズム賞を受賞した>