わずか6時間で終了、無謀に映る尹錫悦大統領の非常戒厳、実は野党を大統領弾劾に「導く」巧妙な罠だったとの説も
■ なぜ「政治的自殺」になりかねない道を選んだか 尹錫悦(ユン・ソンニョル)韓国大統領が3日夜11時頃、突然非常戒厳令を宣布したが、国会の反対でわずか6時間ほどで解除された。戒厳令が宣布されてから2時間後、禹元植(ウ・ウォンシク)国会議長と190人の議員が国会に集結し、「非常戒厳解除要求案」を上程し、全会一致で可決させたことを尹大統領が受け入れたのだ。 【写真】金建希夫人は尹錫悦大統領の外国訪問にしばしば帯同。写真は昨年4月、ワシントンで行われた米韓首脳会談後の晩餐会のときのもの 韓国憲法と戒厳法によると、非常戒厳令の宣布は大統領の権限だが、国会で在籍議員過半数の解除要求があれば大統領は「直ちに」戒厳令を解除しなければならない。すなわち、野党が国会の絶対多数を掌握する現在の状態下では、非常戒厳令は無用の長物であるわけだ。尹大統領がこの点を知らなかったはずがない。 それなら、彼はなぜ「政治的自殺」になりかねない無謀な選択をしたのだろうか。 まず、尹大統領は国会を掌握している「共に民主党」が、韓国の国家システムを麻痺させ、社会混乱を引き起こしていると判断した。そのことは非常戒厳令宣布に対する対国民談話によく現われていた。 「これまで国会はわが政府発足以来、22件の政府官僚弾劾訴追を発議しており、今年6月の国会発足後も10回目の弾劾を推進しています」 「国家予算の処理も、国家の本質的な機能と麻薬犯罪の取り締まり、民生治安維持のためのすべての主要予算を全額削減し、国家の本質機能を損ない、大韓民国を麻薬天国、民生治安恐慌状態に陥れました」
「(国会は)判事を脅かし、多数の検事を弾劾するなど、司法業務を麻痺させ、行政安全部長官の弾劾、放送通信委員長の弾劾、監査院長の弾劾、国防長官の弾劾を試みるなど、政府を麻痺させています」 「現在、韓国国会は犯罪者集団の巣窟となり、立法独裁を通じて国家の司法・行政システムを麻痺させ、自由民主主義体制の転覆を図っています」 韓国の戒厳法は、「戦時・事変またはこれに準ずる国家非常事態により社会秩序が極度に撹乱され、行政および司法機能の遂行が顕著に困難な場合」に大統領が適切な手続きを経て非常戒厳令を宣布することができる、と定めている。尹大統領は、国会による国政マヒを国家の非常事態と判断し、閣議を招集した後、非常戒厳令を宣布したのだ。 ■ 金建希夫人が野党の餌食になる瀬戸際 尹大統領の非常戒厳令宣布の背景には、金建希(キム・ゴンヒ)夫人の司法リスクに対する焦りがあったとの解釈もなされている。野党は金建希夫人に対して、ドイツモーターズ株価操作疑惑やディオールバッグ授受疑惑などを捜査するための特別検事導入法を国会で何度も可決した。しかしそのたびに大統領が拒否権を使い、また与党「国民の力」が再表決に反対することで、辛うじて特検導入を阻止してきた。 しかし、3回目の特検法が国会を通過して大統領拒否権を行使した後、再表決を控えている状況で、「国民の力」の立場に微妙な変化が見えてきた。韓東勲(ハン・ドンフン)代表を中心にした親韓系(韓東勲派閥)議員と親尹系(尹錫悦派閥)議員の対立が深まっているためだ。 発端は、韓東勲代表の夫人と娘など6人の家族が「国民の力」の掲示板に匿名で尹大統領と金夫人の悪口を繰り返し書き込んでいたとの疑惑が浮上したことだ。韓代表がこれに対する説明を拒否していることで、疑惑がさらに膨らんだ。 これにより尹大統領に近い議員は韓代表に一斉攻撃を開始、それに対し韓代表とその側近議員らは金夫人の特別検事導入法に賛成を匂わせるという状況だった。そのため韓国メディアは今回は特検法が可決される可能性が高いと見ていた。愛妻が民主党の餌食に差し出されかねない状況に追い詰められた尹大統領の胸中は、心配と怒りでいっぱいだったはずだ。