朝井リョウ“ネタバレ厳禁”3年半ぶりの新作『生殖記』に込めた思い「どこまで遠くに伝えられるか」
◆ネタバレ禁止の新作「生殖記」
茂木:新作「生殖記」は、実はネタバレ禁止ですが、小学館のWebサイトには「とある家電メーカー総務部勤務の尚成は、同僚と二個体で新宿の量販店に来ています。体組成計を買うため――ではなく、寿命を効率よく消費するために。この本は、そんなヒトのオス個体に宿る◯◯目線の、おそらく誰も読んだことのない文字列の集積です」という文章が掲載されています。 朝井:このあらすじにはほとんど何の情報もないですよね。あらすじに内容の情報はないんですけど、「ヒトのオス個体に宿る」であったり、人に対してどういう呼称で表現しているか、というところで、読者の方々には何か違和感を持って頂けるといいな、と思っています。 茂木:前から扱っているモチーフだと思うんですけど、世の中で「うまくいってる」とされる価値観に対する距離感というか、それが非常に心に響きますね。 朝井:ありがとうございます。今回は特に、どういうことに対するどんな距離感なのかということを本の外側には出さないように気をつけています。というのも、どういうトピックスを扱っているのかと隠して「物語だよ」という状態で世の中に差し出せるのが、小説の持つ1つの力だと感じているからです。 「このトピックスについて書いてますよ」と明かすと、元々そのトピックスに興味があった方や、その情報を知りたかった方は手に取ってくださるかもしれないですが、そうじゃない方々にとっては「自分とは関係ないな」とか「じゃあ今自分は読まなくていいかな」というふうに簡単に避けられてしまうかな、とも思っていて。だけど、そういう人にこそ届くというのが私の理想なんですよね。 なので今回は、どんな人が中心人物なのかとか、どういう物差しが語りの基準になっているかということは明かさずに、「物語を書きました」というだけでどこまで遠くに伝えられるかな、と思っています。 茂木:目指されているところが非常にストイックというか、文学におけるアスリートというか。これも小学館のWebサイトにある、朝井リョウさんご自身の言葉なんですが「自分のなかにあるルールをすべて撤廃して書きました」と。これはどういうことですか? 朝井:まず、私はいわゆるエンターテイメントの小説の賞でデビューしたんですね。 茂木:小説すばる新人賞ですもんね。 朝井:そうなんです。エンタメ小説の賞でデビューしたということもあって、割とずっと「エンターテイメントをきちんと書ける人になろう」という気持ちが強かったんです。 茂木:そうだったんですね。 朝井:勝手に、「どこでデビューしたか」を考えすぎてしまって。特に、2013年に直木賞を頂いたこともあって、「エンタメをちゃんと書ける人にならないと」と気負っていました。 その状態で10年以上書いていたのですが、今回の『生殖記』を連載するにあたって、そういう縛りを全部なくしてみたくなったんです。連載だと「続きが気になる」とか「色んな展開が巻き起こって、あっという間に読めてしまう」というものが適していると思います。ただ今回は、物語としては読みづらい形式でも、定めた語り手の設定で湧き出てくる言葉をひたすら詰め込むという方針でやってみたかった。自分で勝手に構築しまくっていたルールを全部破らないと次にいけないというか、そういう時期だったんだと思います。それが『自分の中にあるルールを全て撤廃して書きました。』に繋がっています。 (TOKYO FM「Dream HEART」2024年12月7日(土)放送より)