ウクライナに責任を負わせようとするロシア、宗教的緊張は認めず ダゲスタン襲撃
スティーヴ・ローゼンバーグ、BBCロシア編集長 三位一体の主日は、キリスト教正教会の暦で最も重要な祝日の一つだ。 その特別な日に、66歳のニコライ神父はロシア・ダゲスタン共和国の都市デルベントの教会にいた。 ロシア・北コーカサス地方に位置するダゲスタン共和国は、人口の大部分をイスラム教徒が占める。しかしデルベントは、「3つの宗教の街」として知られている。 ここはロシア最古のキリスト教の中心地の一つで、古くから多くのユダヤ人が住む街でもある。 その両方が、きわめて残酷に攻撃されようとしていた。 武装集団は23日夕、教会を襲撃し、ニコライ神父を殺害した。地元のシナゴーグ(ユダヤ教の礼拝所)も襲い、火を放った。 ■「警官全員がおびえきっている」 同じころ、ダゲスタン共和国の首都マハチカラでも、教会とシナゴーグが襲撃された。 劇的で計画的な一斉攻撃を受け、治安部隊は「反テロ作戦」を開始した。ダゲスタン共和国では夜遅くまで銃撃戦が繰り広げられ、襲撃犯のうち少なくとも5人が殺害された。 しかし、武装集団はなぜ複数の場所で銃を乱射したのだろうか。 まず疑われるのは、イスラム過激派とのつながりだ。少し前まで、ダゲスタン共和国は隣接するロシアのチェチェン共和国から流入した過激派の温床だった。 私がマハチカラを訪れた2010年当時は、毎日のように過激派が警察や地元政府関係者を攻撃していた。 マハチカラ滞在中、マゴメドという名の警官が私にこう言った。 「パトカーから降りる時はいつも、武装勢力が私の制服を見て撃ってくるのではないかと考える。今年に入って6人の同僚が殺された。夜に路上で警官を見かけないのは、私たちが全員おびえきっているからだ」 高い失業率と汚職の横行という、この地域における慢性的な経済・社会問題が、過激主義を助長していた。 過激思想は、そうした土壌で育つ。 ロシアの治安部隊は近年、武装勢力との戦いで勝利を収めているように見える。 しかし、イスラム主義者の攻撃は止まらない。2018年にキズリャル市にある教会の外で起きた銃撃事件など、ダゲスタン共和国で発生したいくつかの攻撃をめぐっては、武装勢力「イスラム国(IS)」が犯行を主張している。 それでも、ロシアのアブドゥルハキム・ガジエフ下院議員は23日の惨事について全く異なる説明した。 ガジエフ議員はロシア国営テレビに対し、23日の事態について、ウクライナと北大西洋条約機構(NATO)加盟国の情報機関が今回の攻撃を画策したのかもしれないと話した。それを裏付ける証拠は何も示さなかった。 ロシア政府系ニュースサイト「コムソモリスカヤ・プラウダ」は、「西側全体」がロシアに対して「第二戦線を開こうと」していると非難した。 さらに、「この地域の情勢不安に関して言えば、昔からイギリスの情報機関が聞き耳を立てている」と続けた。 ロシア国内で起きた攻撃について、ウクライナと西側諸国に責任があると非難をする――。この構図は、3月にモスクワ近郊で起きた銃乱射事件に対するロシアの公式の反応を思い起こさせる。「クロクス・シティー・ホール」に武装集団が押し入ったこの事件では、140人以上が死亡した。 ISがすでに、攻撃は自分たちによるものだと主張し、襲撃時の映像を公表していたにも関わらず、ロシア当局はウクライナ政府と西側諸国に非難の矛先を向けた。 事件の数日後にはウラジーミル・プーチン大統領も、「ロシアがイスラム原理主義者によるテロ攻撃の標的になることはありえない。宗教間の調和、宗教間・民族間の団結というユニークな例を示す国だからだ」と主張した。 ■イスラム主義者の脅威を認めず ロシア当局はイスラム主義者の脅威を認めること、そしてそれについて議論することに乗り気ではないように見える。一体なぜなのか。 これにはウクライナでの戦争と関係があると、私は考えている。 ロシアが隣国に全面侵攻を開始して以降、ロシア国民は自分たちが直面する最大の危険は、自国にとっての最大の脅威は、ウクライナと西側諸国によるものだと信じ込まされてきた。 当局はロシア国民が、ウクライナ政府と「西側全体」を国民の一番の敵とみなすことを望んでいる。 そうでなければ、なぜロシアはイスラム過激派への対策に注力する代わりにウクライナとの戦争に資源をつぎ込んでいるのかと、国民が疑問を抱くようになるかもしれないからだ。 しかし、イスラム主義者による自国への攻撃をウクライナが企てているという話を、ロシアにいる誰もが信じているわけではない。 ガジエフ下院議員の国営テレビでの発言を受け、ロシアの著名な上院議員ドミトリー・ロゴジン氏はソーシャルメディアに次のように投稿した。 「民族的・宗教的不寛容に関連するテロ攻撃をすべて、ウクライナとNATOが企んだものだと非難すれば、その血しぶきに目を奪われて、私たちはもっと大きい問題に至ってしまう」 ロゴジン氏は反欧米的な発言で知られる人物だ。その彼でさえ、ロシア政府が自動的にウクライナ政府や西側諸国を非難したところで、得られるものはほとんど何もないと、そう理解しているようだ。 (英語記事 Russia pins Dagestan attack on Ukraine, ignoring religious tensions)
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