受容の限界を見誤った先の最悪な未来──ダークな風刺が効くホラー『胸騒ぎ』監督に聞く
影響を受けた監督は? オランダ人の反応は?
─本作からはデンマーク人監督であるラース・フォン・トリアーや、『ファニーゲーム』を撮ったミヒャエル・ハネケの影響を感じますね。 ラース・フォン・トリアーは大きなインスピレーションの源であり、いちばんの憧れです! じつは10代の頃にラースが立ち上げた映画製作会社ツェントローパで働き、彼の作品に携わったこともありました。たぐいまれなる才能を持った彼の作品テーマや、物議を醸すような物事の捉え方には大きな影響を受けていると思いますし、間違いなく私をつくりあげた存在です。 ハネケも昔から好きな監督です。今回あらためて『ファニーゲーム』(1997年)について調べてみましたが、面白いことに『胸騒ぎ』とは逆の話なんですよね。『ファニーゲーム』では訪問者がベルを鳴らし、休暇を過ごしている家族を閉じ込めて拷問します。一方で『胸騒ぎ』の家族には施錠されたドアはなく、ロープで縛られてもおらず、いつでも逃げることができます。ただ去ることもできたのに、そうしません。そういった意味で『ファニーゲーム』と本作は決定的に違う映画だと思っています。でもトリアーとハネケの二人に影響を受けたのは間違いありませんね。 あとはリューベン・オストルンド監督の『フレンチアルプスで起きたこと』(2014年)という素晴らしい作品にも影響を受けました。本作は『フレンチアルプスで起きたこと』と『ファニーゲーム』を組み合わせた作品でもありますね。前者のとても滑稽で風刺的な要素と、後者のとても残酷で暴力的な要素が混ざり合った作品なんです。 思えばトリアーやハネケのような私が憧れる監督たちは、冷酷な筆致の監督が多いんですよね。彼らは非常に独創的な作家で、キャラクターに対する温かみを感じさせません。一方、私は自分の作品のキャラクターに共感し、愛着を感じているんです。そういうこともあり、本作は残酷でシニカルではあるけれど、それと同時にとても人間味のある映画になっているかと思います。 ─最後に、本作で主人公たちを追い詰めるオランダ人夫婦の描き方は強烈でしたが、オランダでの反応はいかがでしたか? オランダ人はとてもユーモラスで、細胞に皮肉が刻み込まれているので、オランダ人とデンマーク人はすごく気が合うんです。私たちはバカンスでオランダ人と会うたびに同じようなブラックユーモアを共有します。そういった国民性もありオランダの観客には楽しんでもらえたと聞きました。邪悪なオランダ人と、地獄のようなオランダというような描き方が気に入ってくれたそうです。 じつは面白い出来事があって、本作は韓国の映画祭(富川国際ファンタスティック映画祭)で賞を獲得したんですが、そのときに「他国をからかいつつ、どうやって物議を醸すことを避けられたのか」という興味深い質問をされたんです。私は上手く答えることができなかったのですが、それは文化の違いによるものなのかもしれません。北欧の人々は互いにからかい合うことを楽しみ、気分を害することはないと考えているからです。私たちの国ではちょっとしたじゃれあいのようなものも、深刻な関係性を持つ他の国々では冗談で済ませることができないかもしれませんね。ただ実際のところ、本作をあまり楽しんでいない人が大勢いることも知っています。だから果たして本作が物議を醸すことを避けられたのかはわかりませんけどね。
インタビュー・テキスト by ISO / リードテキスト・編集 by 今川彩香