「いちゃいちゃ用の音楽」という評価は不満だった…世界的サックス奏者のデイヴィッド・サンボーン【追悼】
音楽的ルーツに関する長年の疑問
サンボーンについては、ほんとうはどんな音楽がルーツなのか、リスナーとしてどんな音楽を愛しているのかなど、ずっと疑問があった。たぶんこの人はフュージョンのアーティストとして広く認識されている。しかし、あまりにもさまざまなフィールドで演奏している。 ハービー・ハンコックやボブ・ジェームスのようなジャズ寄りの人と一緒にもやる。ローリング・ストーンズのアルバム「アンダーカヴァ―」ではダンサブルな曲「プリティ・ビート・アップ」に参加している。イーグルスの「ロング・ラン」にある「サッド・カフェ」では、まさしく泣きのサックスを聴かせる(この曲のサンボーンはものすごく哀愁が感じられる)。 エリック・クラプトンがアルコール依存症施設のためにマディソン・スクエア・ガーデンで開いたチャリティ、クロスロード・コンサートでは「いとしのレイラ」のエンディングでソロを吹きまくった。それでいて、自分のルーツはレイ・チャールズとも言い、「ブラザー・レイ」という曲をつくり「ハレルヤ・アイ・ラヴ・ハー・ソー」もカバーしている。
CDラックに並んでいたのは
そんなおり、サンボーンの自宅を訪れる機会に恵まれた。インタビューのオファーをしたら、当時マンハッタンのセントラル・パーク西にあった家に来てほしいといわれた。最上階は彼のプライベート・スタジオ。ソファの横にはCDラックがあった。サンボーンがどんな音楽を聴いているのかを知りたくて、ラックの中身を見せてもらった。 そこに並んでいたのは、マイルス・デイヴィスのアルバムがずらり。あとは、デューク・エリントン。1950年代から1980年代くらいまでのジャズの名盤がそろっていた。 「インストゥルメンタルのジャズは、演奏を通してストーリーを語る。でも、それはけっして具体的な物語ではない。僕の演奏する音楽にはほとんどの場合、歌がないからね。サックスは音を通してフィーリングを伝えるというか、抽象的な物語を語る。すると、リスナー1人1人が自由に解釈して、その人だけの物語を描くことができる。だからこそ、ジャズはユニバーサルな音楽になれるんだ。僕が好きなのはジャズだよ」 そのときはジャズへの思いをはっきりと語っていた。 サンボーンはこの世を去った。今、多くのリスナーは悲しみ、ジャズやロックのアーティストたちはサンボーンとともに演奏できない喪失感を味わっている。 神舘和典(コウダテ・カズノリ) ジャーナリスト。1962(昭和37)年東京都生まれ。音楽をはじめ多くの分野で執筆。共著に『うんちの行方』、他に『墓と葬式の見積りをとってみた』『新書で入門 ジャズの鉄板50枚+α』など著書多数(いずれも新潮新書)。 デイリー新潮編集部
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