「どの程度のキス?」「その時は着衣?」…エンタメ業界のインティマシー・コーディネーターが明かす「意外とウェルカムな現場が多い理由」
現場のメンタルケアには別の専門家が必要
今回の騒動を経て西山さんが不安に思うのは、世の中に「ICがいればすべて安全にケアできる」というような認識が広がっていることだ。「ICはどこまでいっても該当シーンにおいての調整役でしかない」と西山さんは言う。 「日本に数人しかいない状況の中で『自分にそんな役割ができているのか?』と不安になりました。ICは現場の皆さんを救う正義の味方でもなんでもない、あくまでスタッフの1人。だから『どこまでが自分の仕事なのか』を明確にしておかなければいけないなと。特に注意したいのが、現場でのメンタルケアです。ICの講習でも一定の知識は学びますが、例えば深刻な性被害や暴力などを扱うような作品においては俳優だけでなく、スタッフに対してももっと深いケアが必要です。 それには現場に立ち会うセットカウンセラーがもっと導入されるべきだと思います。実際に友人の信頼できる心理士と一緒に入った現場では、撮影立ち会いをするうちに、段々とスタッフの相談も受けるようになっていきました。プロデューサーの配慮で『気になることあれば相談してください』と伝えたところ、『我慢するのが当たり前と思っていたけどやっぱり苦しい』と相談してくれるスタッフがいたんです」 このほど西山さんが設立した合同会社「セーフセットジャパン」は、ICと合わせて、その道の専門家によって撮影現場のハラスメントやメンタルケアに対処するための会社だ。もちろん若手ICの育成も同時に行っており、彼女が推薦した2人が、彼女が所属するアメリカの団体でトレーニングを受ける予定だという。
嫌なことにはきちんと「NO」を言う
だが、より根本的な働きかけは、西山さんが“持ち出し”で時折行っている「境界線(バウンダリー)を知るためのワークショップ」のようにも思う。「境界線」とは自分と他人の境界線のこと。それを意識することによって、他者の気持ちの責任を負わず、自分の気持ちを軽んじず、事に臨むことができる――つまり他者によって心理的にコントロールされない「個人」を確立することができる。 「日本人は、たとえイヤだと思っても『YES』と言うことがいいことであるかのように教え込まれているところがあります。特に一定の権力勾配の中では、『NO』と言えば嫌われる、ダメな人間と思われる、と思ってしまいがちなんですね。そういう『言えない風潮』ゆえに、『自分が何がイヤなのかわからなくなっている』という人も多いんです。モヤモヤしつつもつい飲み込んでしまったけれど、後でよく考えてみたらイヤだったんだ、ということって誰にでもあると思うんですが、そうならないためには『自分は何がイヤなのか』を知ることが必要で、それによって自分を守ることもできます。 すべてに『NO』と言えというのではなく、自分の気持ちを把握した上で、嫌なことにはきちんと『NO』と言えることが大事。ワークショップに参加したある俳優さんは『「嫌だ」と思ってしまうと、自分がやれることを狭めてしまうのでは、と思っていたんですが、“できないことがわかる=できることがわかる”で、逆にすごく広がった』と。恐れることはないと思うんですよね」 *** 「自分は何がイヤなのか」「それをしっかり伝えられるか」「周囲はどう受け止めるべきか」――こうした「人間関係の基本」は撮影現場のみならず、人が集まるあらゆる場所で意識すべきもの。第1回【「男性に都合の良いシーンが多い」「いまだに前張りを使わない現場がある」現役インティマシー・コーディネーターが語る日本の映画・映像業界の現実】では、認知の歪みとハラスメントの関係などについて伝えている。 渥美志保(あつみ・しほ) TVドラマ脚本家を経てライターへ。女性誌、男性誌、週刊誌、カルチャー誌など一般誌、企業広報誌などで、映画を中心にカルチャー全般のインタビュー、ライティングを手がける。Yahoo! オーサー、mi-mollet、ELLEデジタル、Gingerなど連載多数。釜山映画祭を20年にわたり現地取材するなど韓国映画、韓国ドラマなどについての寄稿、インタビュー取材なども多数。著書『大人もハマる韓国ドラマ 推しの50本』(大月書店)が発売中。 デイリー新潮編集部
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