「公約は死守」安泰なトランプ大統領がもたらす世界不安
アメリカのトランプ大統領がまた「離脱」を表明しました。今回はオバマ政権下でまとめられた「イラン核合意」。この合意は、アメリカ、イギリス、フランス、ロシア、中国の国連安保理常任理事国とドイツの計6か国とイランとの間で結ばれたもので、核兵器に転用できるウラン濃縮などの核開発活動をイランが最大15年間縮小する代わりに、欧米などが経済制裁を緩和するという内容でした。 【写真】共産党大会に首脳会談 北京で思う米中「大国」関係、民主主義、そして日本 今回のアメリカ離脱はこれからの世界にどんな影響を与えるのか。アメリカ研究が専門の慶應義塾大学SFC教授、渡辺靖氏に寄稿してもらいました。
ブレない指導者
就任から約16か月を経たトランプ大統領だが、これまで反故にした選挙公約は皆無に等しい。メキシコ国境の壁建設やイスラム系移民の入国制限など、議会や司法の壁に阻まれ難航してはいるものの、強気の姿勢は崩しておらず、撤回する気配はまるでない。 イラン核合意の見直しは選挙公約の目玉の一つだった。昨年10月にはイランの合意順守を認めず、議会に対応を求めた。その議会が消極的と見るや、今年1月にはヨーロッパ側(英独仏)に対応を求め、その際、「これが最後のチャンス」と公言していた。トランプ氏は、イランの核開発制限の期限撤廃や弾道ミサイルの開発規制の追加など合意内容の「修正」を求めていた。フランスのマクロン大統領らが有効な代替策を打ち出せない中、トランプ氏はとうとう離脱に踏み切った。その意味では今回の判断は決して驚きではない。 とはいえ、TPP(環太平洋経済連携協定)やパリ協定(地球温暖化対策の国際枠組み)からの離脱、米大使館のエルサレム移転など、驚くほど公約に忠実な同氏の姿勢には驚きを禁じ得ない。5月8日の記者会見の際にも「私は約束したことは守る」と強調していたが、そのこと自体は賞賛に値するし、トランプ氏は「予測可能」でもある。 同氏は「ブレない指導者」であることに特別の価値を置いているようである。それは「強さ」の証であり、ロシアのプーチン大統領や中国の習近平国家主席を評価する理由となっている。と同時に、それは(変節しがちな)ワシントンの職業政治家や歴代大統領への皮肉でもあるのだろう。私がトランプ氏のアドバイザーなら、2020年大統領選の再選へ向け、「約束したことは守る」姿勢を有権者にアピールするだろう。 核合意に関しては、もともと対イラン強硬派の多い共和党内では反対する声が多かった(それゆえにトランプ氏も選挙公約に掲げた)。その点、今回の離脱表明は、同党内におけるトランプ氏の求心力を高めることになろう。米国大使館のエルサレム移転も着々と進んでおり、イランを敵視するシオニストやキリスト教福音派(=保守派)の間で同氏の株はさらに上がったはずだ。トランプ氏にはロシア疑惑や不倫疑惑が相変わらず付きまとっているが、共和党内や同氏のコアな支持層の間ではそうした疑惑そのものを「陰謀論」と一蹴する向きもあり、いまのところ致命傷とはなっていない。