井上順さんの愛車遍歴に迫る! 六本木野獣会やザ・スパイダース時代のクルマにまつわるエピソードとは
ずっとメルセデスに乗り続けるワケ
井上さんは、16歳でザ・スパイダースの一員としてデビューしているけれど、その前に「六本木野獣会」というグループにくわわり、当時の若者文化を吸収していたという。井上さんによると、六本木野獣会は俳優やファッションデザイナーなど、夢を持つ若者の集まりだった。 「俳優の峰岸徹さんが兄貴分で、僕を連れまわしてくれたんです。僕はまだ13歳だったけれど、米軍基地に近い六本木には異国情緒があって、こんなにキラキラした街があるのかと、毎日わくわくしていました。ピザの『ニコラス』、イタリアンの『キャンティ』……、『シシリア』はまだあるのかな。一番よく行ったのは『レオス』で、一階がデリカテッセンで二階がレストラン。当時、峰岸さんはメッサーシュミットに乗っていて、最高に格好よかったです」 メッサーシュミットは、もともとドイツの航空機メーカーだ。第2次世界大戦後は自動車製造にも乗り出し、1953年に前2輪/後1輪のメッサーシュミット「KR200」を発表。1958年には4輪のメッサーシュミット「Tg500」を世に送り出した。峰岸さん所有していたのは、このどちらかだったと思われる。 「で、16歳になってザ・スパイダースでデビューするわけですが、最初はメンバーでクルマを持っていたのはかまやつ(ひろし)さんだけで、メンバー全員でかまやつさんのクルマに乗っけてもらって、あちこち行きましたよ。かまやつさんのクルマ、なんだっけなぁ……。かなり頻繁に乗り換えていた印象がありますね。モーリス・マイナーもあったし、ボルボ(PV544)も乗っていたかな」 モーリス・マイナーとは、後にミニを設計したことで知られるアレックス・イシゴニスが手がけたクルマ。井上さんによれば、「ボディにウッドが使われていたような気がします」ということなので、ステーションワゴンのモーリス・マイナー「1000トラベラー」だったと推察する。 「23歳でザ・スパイダースが解散して、24歳でソロとしてデビューするわけですが、免許を取ったのはそのタイミングでした。ひとりで仕事に行かなくちゃいけなくなったけれど、自分で運転して行けば誰にも迷惑をかけませんから。教習所はね、楽勝でした。もう時効だと思うけど、当時は空き地がいっぱいあって、先輩から『運転してみろ』と言われて練習していたんですね。教習所の教官も『大丈夫ですね』なんて、ふたりして教習中に喫茶店で時間を潰したこともありました(笑)。ユルい時代だったなぁ」 こうして免許を取得した井上さんであるけれど、最初に所有したクルマはどうしても思い出せないという。 「昨日から一生懸命思い出そうとして、地味なアメ車だった記憶があるんですよ。キャデラックとかシボレーとかビュイックみたいにメジャーなクルマじゃなくて。でも、ザ・スパイダースの先輩方、かまやつさんとか田邊昭知さんや堺(正章)さんといった方々から、『この商売は事故を起こしたり故障で止まったりするのがよくない、だから丈夫で信頼できるメルセデスにしろ』と、言われて、次からはずっとメルセデスです」 ここまで話したところで、井上さんはもう一度メルセデス・ベンツ500SLに視線を戻す。 「黒い500SLだったか、もう1台、深いグリーンの『450SLC』というのもすごく気に入って乗っていて、どっちかだと思うんですけど、ある日、田邊(昭知)さんから『ゴルフに行くぞ』と、言われて、迎えに上がったんです。で、プレーが終わって、さぁ帰ろうと思って駐車場に行ったら、焼け焦げたクルマから煙が上がっている。警察の人もいて、このあたりはクルマを燃やすいたずらが多いと言われて、まいったなぁと思ったら……、ドッキリだった! 一度だけですよ、ドッキリに引っかかったのは。田邊さんはそういうことをする人じゃないからまんまと引っかかっちゃった。僕のクルマは、向かいに停めてありました(笑)」 本連載で、井上さんの前の回が小林麻美さんだったことを告げると、目をまん丸くした。 「麻美さん、田邊さんの奥さんじゃないですか! すごく気さくないい方ですよね。これもなにかの縁ですよ」 後編は、もう1台の思い出のメルセデス・ベンツについて。井上さんの愉快なトークはまだまだ続く。
【プロフィール】井上順(いのうえじゅん)
1947年生まれ、東京都出身。1963年、16歳の時にザ・スパイダースにスカウトされグループへ加入。その後は堺正章とともにツインボーカルとして活躍。1971年、ソロ歌手としてデビューし『お世話になりました』が大ヒット。「ありがとう」をはじめドラマや映画など多数出演。「夜のヒットスタジオ」では司会を担当した。 文・サトータケシ 写真・安井宏充(Weekend.) ヘア&メイク・Ryo スタイリング・間山雄紀(M0) 編集・稲垣邦康(GQ) 撮影協力・ヤナセ クラシックセンター