出産時の真実…「出血」の量がヤバすぎる…「最高レベルの生育環境」の獲得と引きかえに生じた、母体の払う「衝撃的な犠牲」
母体に大きな犠牲を強いるヒトの出産
胎盤は、出産時に胎児と一緒に娩出される。ついさっきまで胎児に栄養や酸素を供給していたわけだから、胎盤には母親の子宮内膜から大量の血管が入りこんでいる。それが出産を機に唐突に子宮からはがれて出てくるのだから、大変な量の出血をともなう。 母体は子宮を収縮させてしぼるように出血を止めようとするが、それでもヒトの正常分娩で200~300mL程度の出血があり、多い場合には1Lを超える。 いっぽう胎児側は、母体とつながっていた太い血管である臍帯は生まれてすぐに閉塞 するため、基本的に大きな出血はない。 鳥類の雛が孵化するときに親鳥が出血したりすることは当然ないわけで、哺乳類の出産とは、じつに母体の大きな犠牲をともなう一大イベントである。
母親が胎盤を食べる理由
ヒトの出産の場合、たいてい胎盤は知らない間に医療スタッフによって処分されている(勝手に捨てているという意味ではない。各自治体の条例で処分方法が定まっている)。 しかし、野生動物の大部分は、出産後に母親が胎盤を食べる。出産による消耗を栄養価豊富な胎盤を食べることによって補っているという見方もあるのだが、元来動物組織を食べる習慣がない草食動物であっても胎盤を食べるため、単なる栄養補給を超えた意味があると考えられている。 野生動物は、生まれた瞬間から捕食者に狙われる危険がある。まだ脚力も弱く、捕食者にとっては格好の獲物である。出産後、母親が胎盤を食べたり仔の身体についた血液や膜などを舐め取ったりするのは、そこで出産があったという痕跡をいち早く消し、捕食者から狙われないようにするためではないかと考えられている。 クジラは哺乳類だが海中で出産し、出産の痕跡は海水によってすぐに薄まってしまうので、胎盤を食べることはない。草食動物にとっては、胎盤なんて血腥い動物性の臓 器は本来なら食物として認識しないはずであるのに、産後ただちに躊躇せず食べるというのは、哺乳動物の母性という本能のすごさを感じさせる。 ちなみに、ヒトの胎盤を乾燥させたものは紫河車(しかしゃ)という生薬として用いられることがあるし、「プラセンタ(=Placenta 、ズバリ胎盤)配合」と銘打った美容ドリンクやサプリメント、化粧品も多く存在する。「胎盤配合」と書いてあったら躊躇しそうだが、横文字にした途端に血腥さが薄まってありがたみが増してしまうのが、日本人の不思議な感性である。 * * * 次回は、生まれた個体の成長や維持に関係する「細胞分裂」についてお送りします。 大人のための生物学の教科書 最新の知識を本質的に理解する 本書の詳しい内容はこちら
ブルーバックス編集部(科学シリーズ)