床に亀裂、柱が地面から浮き…何とか作業場から脱出 「文化が消えたら嫌だ」イギリス出身の輪島塗作家の思い
漆器作り34年 輪島市の作業場にいたら地震が…
能登半島地震で被災した英国出身の輪島塗作家、スザーン・ロスさん(61)=石川県輪島市=が15日から、長野県東御市のギャラリー胡桃倶楽部で作品展を開く。輪島にあった作品の多くは地震で壊れたり傷ついたりしたが、無事だったおわんやアクセサリーなど100点余を並べる。漆器作りに携わり34年。「ここで輪島塗の文化が消えたら嫌だ。全国の人が輪島に振り向いている今、技術の美しさや大切さを感じてほしい」と語る。 【写真】被災を免れたロスさんの輪島塗の作品
19歳で尾形光琳のすずり箱に魅せられ…来日
英国の大学で美術を学んでいた19歳の時、美術館で見た江戸時代の絵師尾形光琳のすずり箱に魅せられ、漆を学びたいと1984(昭和59)年に来日。東京で漆を習える場を探しながら、墨絵や書道、生け花などで「日本の美意識」を習った。来日2年目から3年ほどは英会話教師をしながら旧戸倉町(千曲市)に住んだ。
90年に輪島漆芸技術研修所(輪島市)に入った。輪島塗は一般的に分業制で作られるが「英国に帰っても1人で一から作れるように」と、漆塗りだけでなく、木地を整えて傷みやすい場所を麻布で補強し、蒔絵(まきえ)を施すといった全工程を9年かけて学んだ。文化庁の助成を受け、人間国宝の小森邦衛さんにも師事した。
国内での作品展示に加え、米ニューヨークや英ロンドンでの講演、米フロリダ州での漆塗りワークショップなどを通し、海外に漆文化の魅力を発信してきた。若い世代にも親しんでもらおうと、比較的購入しやすい価格のアクセサリーも手がける。近年は越前和紙の上に漆で絵を描くなど、現代風の作品にも幅を広げていた。
地震発生時、建物中央の柱にしがみついたが…
元日の地震発生時は、輪島市西脇町の自宅横の作業場で被災。建物中央の柱にしがみついたが、床に亀裂が入り、柱は地面から浮いた状態になった。何とか脱出し、近隣住民らの力を借りて夫、飼い犬と避難。自宅は昨年12月に倒木の被害にも遭っていて住めず、同市河井町に構えるギャラリーなどで過ごしてきた。
「神様に与えられた仕事」これからも漆一本で
はけなどの小さな道具は作業場から持ち出せたが、壊れたり大きくて運べなかったりするものも多い。販売できる無傷の作品も少なかった。それでも「日本の漆文化を英語で伝えられるのは私だけ。英会話を教える道もあるけれど、神様に与えられた仕事だから、これからも漆一本で頑張りたい」との思いがあった。