第4回 ビクトル・スタルヒン vs プロ野球他の8球団のギブアップ|「対決」で振り返るプロ野球史
1シーズン制でスタルヒン本領発揮!
▲スタルヒンは阪急に特に強く、39年は8連勝。この貯金で巨人はタイガースを振り切った
プロ野球は、スタート2年目の1937年から優勝チームを決定することになった(春、秋の2チーム)。これはのちのパ・リーグの2シーズン制(73~82年)とは違い、プレーオフはない。この年、春のペナントレースは、8チーム(この年からイーグルスが加入)で8試合総当たりの56試合。秋のペナントレースは、48~49試合。春は巨人、秋はタイガース(阪神)が優勝。前年の2強がVを分け合った形だ。翌38年は、春がタイガースで、秋が巨人。前号でも書いたように、GTが引っ張るプロ野球だった。 それにしても、50試合前後で優勝を決めるというのは、物足りなさが残るし、個人タイトル争い(これは36年秋からスタート)も、本塁打や打点、投手の勝ち星の数が少な過ぎてどうにも迫力に欠ける。35試合制で行った38年春などは本塁打王が6本(イーグルス・ハリス)、打点王が31打点(タイガース・景浦将)。最多勝は14勝(巨人・スタルヒン)という数字。 まあしかし、巨人24勝中の14勝を挙げたスタルヒンの右腕は称えなければならないだろう。スタルヒンは・・・
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週刊ベースボール