2016年の日本政治を振り返る~「小池劇場」と「トランプ旋風」
2016年が終わろうとしています。日本の政治にもさまざまな動きがあり、いくつかの重要な選挙が行われました。今年の日本政治を、政治学者の内山融・東京大学大学院教授に振り返ってもらいました。 【写真】「民主主義」が問われた一年 2015年の日本政治を振り返る
■参院選と野党共闘
2016年の日本政治に関して取り上げるべき出来事といえば、まず7月の参議院議員選挙であろう。この選挙では、自民・公明の与党が合計70議席と改選議席の過半数を獲得した。 与党はアベノミクスを争点として強調したものの、経済政策面で与野党間に大きな違いはなかったことから、与党勝利が有権者のアベノミクスに対する積極的な信任を意味するとは考えにくい。むしろ有権者は、他に有効な選択肢がないため現状維持を選ばざるを得なかったと思われる。いわば消極的選択の結果だったといえよう。 これに関して問題となるのは、強い与党に対して複数の野党が分立するという「一強多弱」の構図である。「一強多弱」とは与野党の間で健全な競争が実現していない状態であり、いわば民主政治が不完全競争にあることを意味する。市場経済と同じく、民主政治の活力も健全な競争から生み出される。政党間の競争が不十分な状態は民主政治の活力を損なっているのである。 その点、この参院選では、32ある一人区で野党共闘が実現し候補者一本化がなされた。日本の政党政治に健全な競争を取り戻す方向に一歩前進したものと評価できる。次回の衆院選は2017年中にも行われる可能性が高いが、野党共闘がどこまで進むかが注目される。
■憲法改正と国会運営
参院選の結果、与党をはじめ憲法改正に積極的な姿勢を示している勢力の議席が、憲法改正の国会発議に必要な3分の2の議席に達した。9月の所信表明演説で安倍首相が「与野党の立場を超え、憲法審査会での議論を深めていこうではありませんか」と述べたこともあり、秋からの臨時国会では憲法改正に向けた動きが進むかと思われた。2015年夏に参考人の憲法学者3名が「安保法制は違憲」と発言して以来実質的な審議が中断していた憲法審査会は、11月に審議を再開した。 これまでのところ自民党は、2012年にまとめた憲法改正草案を前面に出すことを控えている。民進党は立憲主義の観点から同草案を批判しているが、具体的な改憲項目についての議論はかみ合っていないようである。2016年内には改憲議論の盛り上がりは見られなかったといえる。とはいえ、安倍政権が任期中に憲法改正を実現しようとすれば、2017年中には改憲項目の絞り込みに着手する必要が出てこよう。 一方、8月には天皇陛下が生前退位の意向をにじませたお言葉を公表されたことを受け、有識者会議による制度改正の検討が始まった。政府では一代限りの特例法を制定する方向で議論が進んでいるようだが、民進党は皇室典範の改正を主張している。この問題が憲法論にまで波及することを避けるために、改憲議論の具体化が避けられているとも考えられる。 いずれにせよ、2017年には憲法改正の議論が進むことが予想される。衆議院が解散される可能性も高い。審判を下すに当たって有権者の確かな目が求められる。 ところで、臨時国会では、環太平洋経済連携協定(TPP)承認、年金支給額の抑制を目指す国民年金法改正、統合型リゾート整備推進法(いわゆる「カジノ法」)など、重要な案件が成立した。これらはいずれも民進党をはじめとした野党が強く反対する中、与党や日本維新の会の賛成多数により可決されており、野党陣営からは「強行採決」との批判を浴びた。多数決は議会制民主政治の基本的ルールであるとはいえ、熟議を欠いた議事運営では国会に対する国民の信頼が揺らぎかねない。与党には、「一強」におごることなく入念に合意を形成することが求められよう。