「スパルタだと思っている人も多い」偏差値50の無名高校→東大・京大合格者数トップになった進学校「西大和学園」の“知られざる教育内容”
新たな方向に軌道修正
彼らは「スポーツもやりたい、ボランティアもしたい、科学実験もやってみたい」と好奇心も旺盛で、オールマイティにすべてをこなします。 1995年には、それまでの7時限授業を週3日は6時限に減らすなど、すでにカリキュラム変更にも着手してはいましたが、ある程度管理力で子どもたちに学力を定着させていくという初期の方針は、まだ踏襲されていました。しかし、こうした新しいタイプの子どもたちに対しては、時間や課題の量で縛るようなやり方は、もう向かないのではないか。子どもの変化を考えたら、量より質でいくべきではないか。 社会的にも1999年の学習指導要領の全部改正にともない「ゆとり教育」が開始されようとしていた時代。「スパルタ教育」が悪の象徴のように言われることもあり、そのイメージが定着してしまうのは学校としてもマイナスです。そうした社会の動向も探りながら、教員たちのあいだでも、教育や指導のスタイルをめぐって、毎日のように議論が戦わされるようになってきました。 そんななか、2001年4月から平林校長の職を引き継いだのが前・教頭の今村先生です。校長就任時は37歳。2人目の生え抜き校長となりました。 新校長をはじめ、教員たちは中学生の親御さんたちと世代的に変わりません。 「自分の子どもを西大和に入れたら、こんなことをしてもらいたい」 職員会議でも、学校帰りのお酒の席でも、つねに教育談義は親目線。だから余計に力が入るのです。そういえば、私も高校をつくったときは43歳で、彼らと同じ気持ちでした。 議論を重ねた結果、今村校長は西大和学園を新たな方向に軌道修正することを決めました。 「西大和ならではの面倒見のよさは残しつつ、生徒が自由に取り組めるようなあらゆるステージを用意する」 多面的な教育力の強化です。ここから西大和学園の教育内容は、さらに大きく変わっていくことになりました。
田野瀬 良太郎/Webオリジナル(外部転載)
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