トム・ブラウンが語る新たなメンズウェアのかたち──「この時代に相応しいアップデートを」
アメリカのメンズ・ファッションを代表するトム・ブラウン。2月14日(東部標準時)に開催されたニューヨーク・ファッションウィークでのランウェイショーのバックステージで、彼が刷新し続けるメンズウェアの新しいあり方について訊いた。 【写真を見る】トム ブラウンの2024年秋冬コレクションをチェック! トム・ブラウンは、男性向けにドレスをデザインした最初のアメリカ人デザイナーの一人だ。少なくとも、店舗のメンズセクションで販売する目的でドレスを手がけてきた例としてはかなり早いはずである。何を隠そう、私も一着持っている。ピート・デヴィッドソンのメットガラでのアウトフィットを憶えているだろうか。彼が着た上品なコラムドレスと同じものを、私はデヴィッドソンがレッドカーペットで披露する数年前にグレーのカラーで手に入れていた。トム ブラウンがこのシルエットを初めて発表したのは2017年のことだった。 私自身はまだそのドレスを実際に着る機会がないが、そんなことは大した問題ではない。私が言いたいのは、ブラウンのトレードマークであるスクールユニフォームの印象に惑わされてはいけない、ということである。彼は、我々がイメージするよりもずっとパンクな反逆精神を秘めているのだ。グレーのスーツやウィングチップシューズなど、社会への同調圧力を象徴するかのようなお堅いアイテムに絶えずひねりを加えてきたのがブラウンだ。彼は長年、誰よりもメンズウェアをラディカルに再定義し続けてきた。今や彼のメンズウェアは、シックなウィメンズラインと見分けが付かないこともしばしばだ。そして2月14日(東部標準時)、ブラウンはニューヨーク・ファッションウィークのランウェイでメンズウェアのタブーをさらに打ち破ってみせた。 ■メンズウェアの新たなシェイプ 「私は男性たちに非現実的なほど肩幅の広いトップや、不自由なホブルスカート(20世紀初頭に流行した、着用者の歩幅を著しく狭めるスカート)を着せようとしています」。ニューヨーク・ファッションウィークを締めくくる自身のショーの数時間前、ブラウンは会場となったThe Shedのバックステージでそう言った。彼の話しぶりはドライだが、私には彼の声に喜びのニュアンスが感じられた。今シーズンのコレクションについて、「メンズとウィメンズに大した違いはありません」と彼は言う。ブラウンは美術館に収蔵されてもおかしくない自身の創作物を過度に知的なものとして語ったりはせず、自分をジェンダーフルイド・ファッションの体現者とも考えていない。しかし、彼がファッションの歴史に関心があり、メンズウェアに新たなシェイプを提案することを楽しんでいるのは確かだ。ホブルスカートを「現代に相応しく」アップデートするつもりだというのが、彼の言葉だった。 ただし、エドワード朝時代の長く細いホブルスカートは歩きにくいものだ。この日の夕方も、多くのモデルが暗く雪に覆われたセットでそれを実感したことだろう。ブラウンは2024年秋冬コレクションのモチーフとして、エドガー・アラン・ポーの詩『大鴉』を俳優キャリー・クーンの朗読と不気味なサウンドトラックとともに取り入れた。ブラウンのショーがたびたびそうであるように、それはテーマ的にもダークな演出だった。また、シグネチャーのグレーに代わるインクのようなブラックのテーラリングが、枯れた木やカラスの鳴き声とともにランウェイを満たした。 服よりも演劇の効果が優先されるのは、ブラウンのショーでは珍しいことではない。それでも、そこに登場したいくつかの新しいシルエットは、意外なほど心地よさそうに見えた。例えば、テーラードジャケットと組み合わされたセミシアーのタイツがそうだ。そしてトム・ブラウンが初めて男性にドレスを着せて6年が経った今、彼はついにスカートの丈を切り詰めた。バービーかと見紛うような丈のドレスは、あまりにも短すぎてコッドピース(中世ヨーロッパで流行した、男性が股間に着ける装身具)が必要に思えるほどである。ホブルスカートに魅力が感じられなくても、このミニドレスのことは簡単に退けないでほしい。なぜなら、ハリウッドの男優や人気バスケットボール選手たちがブラウンのキルトに夢中になる姿など、10年前には想像すらできなかったし、私自身、彼のドレスを購入するなど思ってもみなかったのだから。 ショーを前にしたインタビューで、私は彼に『大鴉』について、最近購入したという家について、ニューヨーク・ファッションウィークに対する考えなどを尋ねた。 ──あなたのデザインにおいてジェンダーというのははっきりと二分できる概念ではなく、しかもその方向性は最近ますます強まってきています。しかし、これを「ジェンダーフルイド」という言葉で表現するのも違和感があります。どちらかというと、ウィメンズウェアのアーキタイプを男性に、そしてその逆も、といった遊び心によるものに感じられます。 「パリで披露した2018年春夏コレクションのショーから始まりました。それ以来、面白い思いつきを男女問わず試してきただけなのです。今シーズン、私は男性たちに非現実的なほど肩幅の広いトップや、不自由なホブルスカートを着せようとしています。要は、過去のデザインから興味を引かれたものを現代に引っ張ってきて、男女問わずこの時代に相応しくアップデートしようという試みです。特に、現在私たちが生きる世界はまったく様変わりしましたからね。男性も女性も、ショーでどちらかのジェンダーに偏った服を見たいと思う人ばかりではありません。私のショーで見てもらいたいのは、男女いずれにも着てもらえるような服のコンセプトそのものなのです」 ──今シーズンは特にメンズデザイナーの多くが着やすさを念頭に、新しいアイデアとのバランスをとろうとしていたように思います。男性たちが実際に購入して着たいと思える服を提供しながら、です。服の着やすさについてはどうお考えですか。 「特にショーにおいて、私はそれとは違う方向性を目指しています。よりコンセプチュアルな方向にね。私のショーでは重要なのはアイデアであり、着やすさは二次的なものに過ぎません。私もときどき度を越してしまい、人々に服を見てもらうよりも彼らを驚かせたいという気持ちが先走ってしまうこともありますが、今回のコレクションも現実に根差したものでもあるということはわかってもらえると思います。わかりやすく面白いアイデアと、コンセプチュアルで興味深いアイデアのいいミックスですよ」 ──それに、とてもブラック&ホワイトでもあります。 「全てブラック&ホワイトです。『大鴉』から着想を得ましたからね」 ──コレクションに詩を導入した理由を教えてください。 「アメリカ人デザイナーとして、ショーの場所がニューヨークであれパリであれ、自分が披露するものにアメリカならではの感受性を持ち込むことは重要だと考えています。それがショーの演出に関わる参照元だろうと、服のディテールに関することだろうとね。エドガー・アラン・ポーはとてもアイコニックなアメリカの作家ですし、あの詩のムードはぴったりだと思ったのです」 ──あなたは最近、ニューヨーク州北部にある古い邸宅「ティヴィオットデール」を購入しましたね。もしかしたら、それが今回のゴシックな雰囲気に影響しているのでしょうか。 「18世紀に建てられた非常にアメリカ的な様式の住宅ですから、確かにこのストーリーにはうまく当てはまりますね。それにこの家の改装も、私たちにとっては美しいプロジェクトと言えます。今の状態では寒々としていますからね。今日のランウェイの舞台と、今の我が家の間には近しいものがあるでしょう」 ──あなたの一つ前のショーは、パリで行われたトム ブラウン初のオートクチュールショーでした。キャリアのなかでも画期的な出来事であり、あなたが手がけてきた多くの壮麗なショーのなかでも特に出色でした。今回のランウェイの演出を考えるに当たって、パリのショーが影響を与えたことはありましたか。 「どうでしょう? 私は、二つは別物だと必ずしも考えているわけではありません。クチュールの制作は好きですが、今回のショーもほぼ同じようにアプローチしています。お披露目の場がここニューヨークでも、パリでも、どちらも楽しんでいます。パリで発表することは、ヨーロッパがアメリカン・デザインの最高峰を目にすることですから重要なことです。ニューヨークでは、自ら見本となって模範を示しているつもりです。ニューヨークで見せるレディトゥウェア・コレクションでも、クチュールの要素やファブリック、デザインを用いるのは重要だと考えています。つまり、お互いがお互いを補う関係なのです」 ──何人かの男性に着せたミニドレスとタイツについて訊かせてください。これは今までにない試みですよね? 「タイツはなかったですね。ただ単に見た目に楽しい、というだけです。実際、見た目がいいですから、男性たちに着せることにしました。それとドレスですが、いくつかのアイテムはブラックのペイントに浸けて、コレクションのなかでも際立たせました。男性が着るには滑稽なほど短いドレスですが、とにかく見た目がいいのです」 ──最後に、少々内輪ネタになってしまいますが、ここへ来る途中、ニューヨーク・ファッションウィークには「ママ」が必要だとするクリスティーナ・ビンクリーの記事を『Vogue Business』で読みました。つまり、ショーの会場同士が遠すぎるなかで、スケジュールをきちんと管理できる人物のことです。動線の複雑さから、どれかのショーへの出席を諦めざるを得ないこともあります。今シーズンは特に、多くの会場がマンハッタンとブルックリンをまたいで広く分布しているように思いますが、CFDA(アメリカ・ファッション・デザイナー協議会)の会長としてどのようにお考えですか。 「理想的な状態とは言えないと思います。動線のせいで、どのショーに出席するか選ばなければならないというのは残念なことです。一方で、私はデザイナーがどこでどのようにショーを開催するか、自由に決められるべきであるとも考えています。これは対話の問題だと思いますから、もう少しアクセスが容易な場所を選ぶことはできるのではと思います。ただ、私自身は街の中心部でショーを開催したことはありませんし、誰もが自分の好きな場所でやってほしいと思っているのですが。現実的な答えが出せる問題かどうか、私にはわかりません」 ──しかし、あなたはブルックリンでショーは開いていませんよね? 「ブルックリンではショーはやってません」 From GQ.COM By Samuel Hine Translated and Adapted by Yuzuru Todayama