『ヘレディタリー/継承』から『ミッドサマー』、『ボーはおそれている』へと続く狂気の作家性…アリ・アスター作品に深く入り込むための要素を解説
とある一家を襲ったオカルト現象を、まったく新しい視点で描きだして観客を底なしの恐怖に突き落とした、2018年の『ヘレディタリー/継承』。白夜の北欧で催される奇祭に放り込まれた大学生たちの悪夢のような出来事を描き、トラウマ級のヤバい体験をさせた2019年の『ミッドサマー』。この2作を手掛けたアリ・アスター監督は、新世代ホラーの旗手として注目を集めた。そんな彼の4年ぶりの新作『ボーはおそれている』が2月16日(金)よりいよいよ日本公開される。 【写真を見る】『ヘレディタリー/継承』でトニ・コレットが見せた“恐怖”に歪む顔が衝撃的! ネットにアップされた日本用の特報予告編映像で、“みんな、どん底気分になればいいな”と、アスターは語っているのだから、本作が前2作以上に強烈な作品であることは想像できるだろう。では、それがどう強烈なのか?本稿ではそのおもしろさを探っていこうと思う。 ■不安で臆病な中年男ボーが実家を目指す奇妙な旅路を描く まずは簡単にあらすじを。主人公のボー(ホアキン・フェニックス)は独り暮らしの中年男。引きこもりの癖があり、長年セラピーに通い続けている。彼にとって外界は暴力がはびこる荒廃した世界で、そこに足を踏みだすことを極度に恐れていた。そんなボーの目下の課題は、離れて暮らしている母のもとに帰省すること。飛行機も予約したし、あとは空港に向かうだけ…のはずだったが、アクシデントによって自室に足止めされたばかりか、母が自宅で怪死したとの連絡を受け、パニックが止まらなくなる。ともかく、葬儀をしないことには始まらない。混乱状態の頭で、ボーは陸路で実家を目指すが、それは悪夢的なまでの長旅になってしまう…。 ■“ココロ”に問題を抱えたアリ・アスター作品の主人公たち アスター監督の過去の2作を観ている方なら、まず気づくのが、今回の主人公ボーも“ココロ”の問題を抱えているということ。『ヘレディタリー/継承』でトニ・コレットが演じたアーティストのアニーは、家族が精神的な障害を持ち、自身も夢遊病に苛まれていた。『ミッドサマー』もフローレンス・ピュー扮する大学生のダニーが双極性障害を抱えた状態で、両親を巻き込んでの妹の自殺という現実にショックを受けていた。本作のボーの病名は劇中では明らかにされていないが、冒頭を観ただけで、彼が強迫的な精神障害に苛まれていることがのみ込めるだろう。 ■家族や身近な人物に対する葛藤、不均衡な関係性を映像化 本作とアスターの前2作の共通点で、もう一つ、大きな要素といえるのが家族間の葛藤だ。『ヘレディタリー/継承』には、アニーを中心とした、子どもたちや夫、彼女の亡き母親に対する葛藤が絡み合い、物語を動かしていた。『ミッドサマー』の主人公であるダニーも、先に述べたとおり、妹の自殺と、道連れとなった両親の死で天涯孤独となり、心の支えとなるのは恋人だけという状態だった。 そして『ボーはおそれている』では、ボーと母親との間に生じた、複雑すぎる関係が重要な要素となっている。本作を観ると、ここまで恐ろしい母子関係が、この世に存在するのだろうか?と思えてくる。ちなみに、筆者は先日アスター監督に取材したが、本作で描かれた母と子の関係は、アスター監督と母の関係とは対極にあるので心配しないでほしいとのこと。 ■インパクトある強烈な演出術も魅力 映像面では、ここぞという場面でのキャラクターの表情のクローズアップはいつもながらに鮮烈。本作ではホアキン・フェニックスという強烈な個性を持ったアカデミー賞アクターを主演に据えたことで、よりインパクトを増した感がある。一方で、暴力的な描写は前2作に比べると控えめだが、シャンデリアが頭に落下して頭部がグシャグシャになったという、母の怪死の夢想は、やはり鮮烈だ。 『ボーはおそれている』のインパクトの源泉には、これらのディテールがあるのは間違いない。アスターはこのディテールを武器にして、ボーの内面へとズンズンと踏み込んでいく。荒れ果てたアパートを飛びだしたボーの旅は、心優しい一家との上辺だけの短い幸福の時、森の劇団との遭遇、そして母の実家で直面する衝撃の事実へと連なっていくが、それぞれの局面で予想外の出来事が相次ぎ、ボーの精神はさらに歪んでいく。 この狂気を受け止めることこそ、『ヘレディタリー/継承』&『ミッドサマー』で“どん底気分”を経験した観客のための、最高に贅沢なエンタテインメントなのだ。 文/有馬楽