テイラー・スウィフトは救世主なのか
「テイラー・スウィフトを大統領に!」「半分冗談だけど半分は本当だ。彼女は、トランプとバイデンよりも人々を団結させられる」。この提言をしたのは、狂信的なファンではない。米財界で大きな影響力を持つヘッジファンドの帝王レイ・ダリオだ。 アメリカでは、人気歌手テイラー・スウィフトが「大統領選挙を変える」存在として大真面目に論じられている。もちろん、ツアーや新作リリースに忙しい芸能人の出馬は現実的でない。政治関係者が議論しているのは、かつて民主党支持を表明した彼女が今回も投票を呼びかければ、たくさんのファンが動員されてジョー・バイデン大統領が有利になる、という見立てだ。 2023年にベストヒットツアー(「THE ERAS TOUR」)で史上最高の10億ドルを超える収益を達成したテイラーは「マイケル・ジャクソン以来の国民的スター」と評されるほどの人気を博しており、とくに若年女性に影響力がある。同年9月、バイデンの腹心であるカリフォルニア州知事ギャビン・ニューサムが記者の質問に答え、テイラーに民主党支持の公言を求めたほどだ。24年1月には、バイデン陣営がテイラーと連携する選挙運動を計画中だと『ニューヨーク・タイムズ』紙が報じている。もちろん、共和党派には大不評。ドナルド・トランプ前大統領も、在任中にテイラーにも利益をもたらす音楽著作権に関する法案を通した恩があると主張して、バイデンを支持するような不誠実なことをするはずがない、と牽制している。 たった一人の芸能人が大国の国政選挙のキーパーソンとして扱われるとは驚きだ。これには、アメリカ特有の芸能と政治の関係が絡んでいる。
ハリウッドスターの民主党支持
前提から説明しよう。とくにバラク・オバマ政権(2009~17年)以降、アメリカの芸能界は民主党支持者ばかりになっている。 『ハリウッド・リポーター』誌の調査によると、2016年の大統領選挙から18年の中間選挙にかけての期間、ハリウッドのトップスターと業界幹部による政治献金先の99・7%が民主党関連だった。アメリカ政治が二大政党制であることを考えればかなりの偏りと言えるが、これはさほど不思議でもない。芸能ビジネスが盛んなカリフォルニアやニューヨークは、もともと民主党が強い「青い州」だ。マイノリティの人権を重視する民主党は都会や若年層で人気を集めるリベラルである一方、同性婚や人工妊娠中絶への反対が根強い共和党は地方やキリスト教福音派を基盤とする保守である。映画界や音楽界のスターが重視する客層は若年層であることが多く、共和党支持を表明すると、「差別主義者」としてイメージが悪化するリスクがある。 若年女性やセクシュアルマイノリティに人気のある女性ポップ歌手の場合、特段リベラルであることが前提とされるような立場にある。これは二大政党のイベントの出演者を見ればわかる。 16年大統領選挙において、民主党候補ヒラリー・クリントンの応援にかけつけたのはジェニファー・ロペスやケイティ・ペリー、ビヨンセ、レディー・ガガと、豪華な顔ぶれ。これに対して、選挙に勝った共和党トランプの大統領就任式で国歌を歌ったのは、ジャッキー・エヴァンコという当時10代の無名の女性歌手だった。就任式前日の就任記念コンサートでは、黒人歌手ジェニファー・ホリデイが出演依頼を受けていたようだが、それが報道されると「差別に加担している」としてバッシングされ、降板を発表するにいたった。ジェニファーの謝罪声明によると、党派によって分断された国民を音楽で団結させたかったものの、キャリアを支えてくれたLGBTコミュニティのことを考えるとキャンセルせざるをえないという思いにいたったという。