英国総選挙で野党・労働党が大勝も、スターマー新首相にチラつく「オールドレイバー」の影
■ それでもチラつくオールドレイバーの影 本来、欧米の二大政党制の下では、中道右派の政党は経済成長を重視し、財政緊縮を基本としていた。一方で、中道左派の政党は所得分配を重視し、拡張財政を志向した。しかし近年は、中道右派の政党が所得配分を重視する左派的な性格を強めるようになっており、中道左派はさらに左派色を強める傾向に陥りがちだ。 加えて、英国の場合、いわゆるニューレイバーの時代(1997年5月から2010年5月まで)は、労働党政権が右派色を強めていた。つまり中道左派の労働党が経済成長を担い、中道右派の保守党が所得分配を担うという逆転現象が起きたわけだ。 保守党との違いを鮮明にするためにも、本来なら労働党はオールドレイバーに回帰したいところだろう。 とはいえ、経済成長が実現していない環境の下で所得分配を強化すれば、今の英国を悩ますスタグフレーション(景気停滞と物価高進の同時進行)を長期化させることになる。そのことは、英国が1970年代にスタグフレーションに陥った際、当時のオールドレイバーたち(ウイルソン政権とキャラハン政権)による経済運営の過ちが実証している。 スターマー党首が掲げた公約は中道寄りに修正されたとはいえ、増税に基づく分配政策の強化や鉄道国有化など、それなりに左派色が強い内容だ。加えて、再エネシフトの加速を促すためのエネルギー公社を新設するという、巨額の財政支出を伴う政策も主張しており、その意味でも、労働党には依然としてオールドレイバーの影がチラついている。
■ スタグフレーションが長期化する恐れも わずか1カ月での退陣を余儀なくされたリズ・トラス前首相のように、無鉄砲なバラマキ政策は、金利急騰や通貨急落というかたちで、市場から厳しい評価を突きつけられる。そうしたことがないように、労働党政権は市場との対話を重視するだろうが、基本的には、公約に掲げたバラマキ政策を可能な限り実現するよう努めると予想される。 高インフレが一巡したとはいえ、それは主に前年の高インフレを反映したベース効果によるもので、英国の需給バランスは供給過少のままで、改善は余り進んでいない。そうした中で、労働党政権がバラマキ政策を強化し、需要を刺激し続けるなら、高インフレが再燃し、景気はさらに停滞する。つまり1970年代と同様、スタグフレーションは長期化することになる。 こうした見方に反して、労働党政権は首尾よく経済成長を促す政策運営に努めるかもしない。もっとも、そうした政策転換は、保守党が下野の間に現状の分配志向から旧来の成長志向に経済運営のスタンスを回帰しない限り、基本的には望みにくいのではないか。労働党政権が現実にはどのような経済運営を行うか、注視していきたい。 なお、政権のバラマキ依存は日本も似たようなものだし、英国よりもひどいと言える。政権交代や首長交代が実現しようとしまいと、バラマキに依存する限り、日本経済の持続的成長を見込むのは難しいだろう。 ※寄稿は個人的見解であり、所属組織とは無関係です 【土田陽介(つちだ・ようすけ)】 三菱UFJリサーチ&コンサルティング(株)調査部副主任研究員。欧州やその周辺の諸国の政治・経済・金融分析を専門とする。2005年一橋大経卒、06年同大学経済学研究科修了の後、(株)浜銀総合研究所を経て現在に至る。著書に『ドル化とは何か』(ちくま新書)がある。
土田 陽介