中原誠十六世名人インタビュー 破られなかった記録と破られないはずだった記録
棋界の若き太陽と呼ばれ、数々の記録を今も保持し続けている中原誠十六世名人に、様々な記録と将棋界のこれからについてインタビューしました。冒頭では、自身が持つ記録について中原十六世名人の心境を伺います。 本稿は、2024年5月8日に発売された、『将棋のすごい記録大全 大山、中原、羽生、藤井―天才たちが打ち立てた奇跡の記録』(発行=日本将棋連盟、販売=マイナビ出版)収録の中原誠十六世名人へのインタビューより、一部を抜粋して、お送りいたします。
■藤井、藤本のどちらかには抜かれると覚悟していた (以下抜粋) ――中原十六世名人、本日はよろしくお願いします。 「こちらこそよろしくお願いします」 ――最近の将棋は観ていらっしゃいますか? 「観ていますよ。タイトル戦は大体アベマで観戦していますし、NHK杯の決勝戦もテレビで観ていました。いい将棋でしたね。そういえば、これ、気がつきました?(部屋の奥に飾ってある色紙を指して)」 ――あ! 藤井聡太竜王・名人の色紙ですね。気がつきませんでした。 「先日杉本さん(昌隆八段)が私の家の近くで講演をやるということだったので、せっかくだから帰りに寄ってくれとお願いしました。そうしたらお土産にこの色紙を持ってきてくれました」 ――これを書くときは藤井八冠もさすがに緊張されたでしょう。貴重なものを見せていただきありがとうございます。 それではインタビューを始めさせていただきます。2023年度は、いま話題に出た藤井八冠が年度最高勝率記録を更新する可能性がありましたが、中原先生が1967年度に打ち立てた勝率0.855という記録を破ることはできませんでした。 「今年は藤井さんだけではなく藤本さん(渚五段)も記録更新の可能性がありました。2月下旬の時点では二人とも私の勝率を超えていたので、どちらかには抜かれてしまうだろうと思っていました」 ――おっしゃる通り、2人に可能性がありましたが、それでも破られなかったということで、改めてこの記録のすごさがクローズアップされたように思います。この記録を打ち立てた当時のことをお聞かせください。 「そのときはあまりこういう記録が話題にされることはなく、ほとんど注目されませんでした。私自身もこの記録よりも棋聖の挑戦者になれたことや順位戦で昇級できたことのほうがうれしかったです」 ――あ! そうなのですね。 「いまとは違って、勝率が話題になるということ自体がなかったです。実際、私の記録の前の最高勝率がどれくらいだったのかわかりませんし」 ――確かに、言われてみるとそうですね。(※編集部注 実は中原の前の記録保持者も中原だった。前年に出した0.821がそれまでの最高勝率) 「そういう記録が整理されるようになったのは将棋年鑑ができてからでしょうか(1968年創刊)。そのあと将棋大賞が創設されて(1974年)、勝率や勝数をきちんと計算するようになったという流れだと思います」 ――当時は先生もご自分の勝率は計算されていなかったのですか。 「勝ち負けの成績はノートにつけていましたが勝率を計算したことはありませんでした。あれもある程度よくないとやる気がしなくなるんですが(笑)、加藤治郎先生が棋士の記録に詳しくて観戦記などでよく紹介してくださっていたので、自分の成績くらいはつけようと思って続けていました」 ――勝率0.855は50年以上破られない大記録になりました。 「何度か破られそうになったことはありましたけどね。羽生さん(善治九段)も惜しいところまでいきましたが、なぜか年度末に負けてしまって(0.836)、中村太地さん (0.851)のときも勢いがありましたし」 ――中原先生は他にも歴代1位の記録をいくつかお持ちです。まずは最年少永世称号資格獲得23歳11か月(永世棋聖)。 「そうそう。これは破られない記録だと思っていました。というのは、私がその記録を作ったとき棋聖戦は年2回だったんです。棋聖戦が年1回に変更されたので、この記録を破るためには18歳でタイトルを取って5連覇しないといけない。これは相当破られない記録だと思っていたんですが、まさか17歳でタイトルを取って防衛し続ける人が現れるとは思いませんでした」 ――確かに、藤井八冠が今期もし棋聖を防衛すれば、永世棋聖の称号を獲得します。 「まだわかりませんが、いまの藤井さんの力からいえばそうなる可能性が高いでしょう。この記録が破られてしまうのは少し残念です」 ――制度上、かなり破られにくい記録だったのですね。 「17歳でタイトルを取ることもすばらしいですが、そのまま防衛を続けているのもすごい。私が永世棋聖を取ったときは一度失冠して、また獲得しました。やはりタイトルは獲得するより防衛するほうが難しいので」 ――そうなのですね。 「タイトルを奪取するときは挑戦者になるまでの勢いに乗っていけるのですが、防衛する側は番勝負に調子を合わせなければいけないですし、気持ち的にどうしても受け身になります。その点、藤井さんはそういう防衛のやりにくさを感じさせません。というかまだ一度も番勝負で負けたことがありませんからね。そんな人は出るとは思いませんでした」 ――確かにそうですね。最高勝率を達成したときはそれほど感慨はなかったとのことでしたが、永世棋聖のときはどうでしたか? 「このときはうれしかったです。当時から永世称号というのはやはり特別なものでしたから」 (インタビュー 中原誠十六世名人「記録は破られる」 記/島田修二)
将棋情報局