久石譲が作曲家を目指すことになった「あるきっかけ」
黒木瞳がパーソナリティを務めるニッポン放送「黒木瞳のあさナビ」(11月29日放送)に作曲家・指揮者・ピアニストの久石譲が出演。映画音楽の制作について語った。
黒木瞳が、さまざまなジャンルの“プロフェッショナル”に朝の活力になる話を訊く「黒木瞳のあさナビ」。11月27日(月)~12月1日(金)のゲストは作曲家・指揮者・ピアニストの久石譲。3日目は、作曲に興味を持つことになるきっかけについて― 黒木)楽器は幼少のころからやっているのですか? 久石)小学校のころからバイオリンを少しやっていました。 黒木)少しですか? 久石)少しです。やはりみんなが遊んでいるときにレッスンに行くのは嫌ですからね。 黒木)バイオリンだけですか? 久石)バイオリンでしたね。 黒木)でも中学校のときには、もう作曲家になろうと決めていたのでしょう? 久石)中学の2年か3年くらいですね。 黒木)何かきっかけがあったのですか? 久石)中学校でブラスバンド部に入り、わりと上手かったので1年からレギュラーになって、2年ではもうボスになっていたのですよ。でも演奏するより、夜にコツコツと譜面を書いて、それをみんなに演奏させることが嬉しかったのです。自分はつくって持って行く方。演奏するよりは、みんなに自分のつくった音を出してもらう方が好きでした。それは作曲家だということで……。 黒木)ではそれまで、楽器はバイオリン一筋だったのですか? 久石)バイオリンでしたね。ただ、ブラスバンドに入ったときはトランペットやサクソフォンをやったり、全部やりましたね。 黒木)ピアノも? 久石)ピアノは中学に入ったころはもうやっていました。少しずつ。 黒木)やはり違うのですね。 久石)いやいや。 黒木)私はピアノを何十年もやっていましたけれど、まったく上手くなりませんでした。譜面が読めるようになったのはよかったですが、私はピアノ科は無理だなと思ったので声楽科の方に入り、あとは楽典をやって音大を目指したのですが、勉強している方が楽しかったですね。