45年ぶりに韓国で非常戒厳令 史実を元に軍事クーデターを描く韓国映画「ソウルの春」
TOKYO FMのラジオマン・延江浩さんが音楽や映画、演劇とともに社会を語る連載「RADIO PAPA」。今回は映画「ソウルの春」について。 * * * マッチョでホモソーシャル。男くささムンムンの実録映画だった。 韓国で4人に1人が足を運んだという「ソウルの春」鑑賞後、尹錫悦韓国現大統領が非常戒厳令を発し、かの国で繰り返される歴史の綾に心が震えた。 この作品は45年前、独裁者・朴正煕大統領がKCIA(中央情報部)の側近に暗殺されて国が揺らぐ中、保安司令官・全斗煥少将が前線部隊の戦車、空挺部隊を首都ソウルに出動させ政府要人を拘束、一夜にして成し遂げた軍事クーデターを、フィクションを交えて描いている。 「失敗すれば反逆罪! 成功すれば革命だ!」 反逆者チョン・ドゥグァンはそう言ってハナ会を鼓舞するが、彼を演じるファン・ジョンミンの鬼のような形相が凄まじい(ちなみに「ハナ会」とは陸軍士官学校同期で結成された秘密将校組織である)。 ライバルは首都警備司令官イ・テシン(チョン・ウソン)。高潔で眉目秀麗な彼の軍と、なりふり構わず暴走するチョン・ドゥグァン軍との攻守は凍てつく冬のソウルを舞台に何度も入れ替わり、目が離せなかった。 メガホンを握るキム・ソンスはクーデター当時高校生。事件の現場近くに住んでいて、20分にわたり銃声を聞いたという。多感な時期に遭遇した母国の危機を、陸軍本部、戒厳令司令官室、反乱軍本部、首都防衛司令部、参謀総長公邸など歴史的な「場所」を次々に映し出すことでリアルに演出し尽くした。
イ・テシン側に反乱軍のスパイが紛れ込むなどして、次第に形勢不利が明らかになる。 闘争に勝利するためには何が必要なのか。それは上意下達の鉄壁な組織と貪欲さだといわんばかりにこの映画は観客をぐいぐい引っ張っていく。 軍配は「悪」に上がる。そして、その「悪」を演じるのがファン・ジョンミンだった。 「役に対する没入度が素晴らしい。シェイクスピアの『リチャード三世』の悪役を見て彼を抜擢した」と監督は語るが、髪の毛が後退した風貌もチョン・ドゥグァンのモデルである全斗煥そっくりだ。 チョン・ドゥグァンはイ・テシン軍を制し、冷酷な拷問にかける。その一方、自分らは下品に大酒を飲み、肩を組んでカラオケに興じ、不敵な笑顔で集合写真に納まる。 全斗煥は韓国大統領になり権勢を振るったが、退任後、不正蓄財などで厳しい批判を浴び、内乱罪などで拘束され、死刑判決が下された(二審での減刑と特赦で死刑は免れるが、死去後元大統領としては異例の家族葬となった)。 現在、連日のように尹大統領弾劾訴追の是非をめぐる国民のデモが報道されている。時代は変わった。民主化以降、コンプライアンス遵守とジェンダー認識が重要な価値観になっている。そこに男たちだけの閉塞的な意思決定とその濫用などないのだろう。現代のデモ映像に、権力者に栄光と挫折を与えるのは主権者である国民の声に他ならなくなったと感じ入った。 (文・延江 浩) ※AERAオンライン限定記事
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