アニメ映画『モノノ怪』『きみの色』をさらに楽しむために ノベライズで深まるキャラクターたちへの理解
映像とセリフからストーリーや情動を感じて楽しむのが映画なら、そのノベライズは映画では語られていない心情や設定を確認し、作品への理解を深めることに役立つ。7月26日に公開となった『劇場版モノノ怪 唐傘』と、8月30日に公開となる『きみの色』という2本のアニメ映画のノベライズも、映画の世界を詳しく知って、改めて映画を見る楽しみを与えてくれる。 中村健治監督が、2007年に放送されたTVシリーズ『怪~ayakashi~』の中で「化猫」というエピソードを手がけたことで誕生した世界が、2008年に独立したTVシリーズ『モノノ怪』となって広がった。人の情念が怪(アヤカシ)にとりついてモノノ怪となって暴れ出すのを、謎めいた風貌をした薬売りが退魔の剣を使って退治していく。日本ならではの怪談に、極彩色で絢爛とした背景を与えて独特な雰囲気を作り出したことで、熱狂的なファンを得た。 それから16年。『モノノ怪』シリーズの最新作として登場した長編アニメ『劇場版モノノ怪 唐傘』は、時代劇などによく登場する大奥を舞台に、唐傘というモノノ怪が現れて起こる騒動に薬売りが挑むといった、TVシリーズと同じ退魔ストーリーを楽しめる。極彩色で絢爛としてアーティスティックな背景も健在。それが大きなスクリーンいっぱいに描かれているため、TVシリーズ以上に奇妙な世界へと引きずり込まれる感覚になれる。 物語は、天子が住む御城にあって、世継ぎを残すために大勢の女性たちが集められている大奥にアサとカメという2人の新人女中がやってきて、与えられた仕事に奮闘する中で奇妙な事件に巻き込まれていく、といったもの。天子の寵愛を得るために女性たちが競い合うといった“大奥もの”から浮かぶ印象からは外れ、3000人もの女中が御中臈(おちゅうろう)として天子の寵愛を得る者、その周りで御中臈を支える者、大奥の運営に携わる者といった具合に、それぞれの役目に取り組む姿を描く一種のお仕事ものといった雰囲気になっている。 その上で、大奥という普通の役所とは違った場所で働くことが呼び起こす女性たちの渇望であったり、嫉妬であったり後悔であったりといった情念が、たまりにたまって奇怪な事件を引き起こす、『モノノ怪』ならではの展開がある。動く錦絵のような背景に目を奪われ、初見では設定や心情が入って来ない人もいそうだが、新八角が手がけたノベライズ『小説 劇場版モノノ怪 唐傘』(角川文庫)を読めば、しっかりと綴られている設定や心情から、あのシーンはそういうことだったのかといった気づきを得られる。 たとえば、ヒロインのアサはノベライズでは信州松本の町奉行を父に持つ娘で、妹を早くに亡くしていたことになっている。同期のカメに対して深い親愛を示す背景には、妹の代わりといった心情があるのかもしれないと分かる。カメの方は伊豆の生まれで、ある人物に頼み込んで大奥に入ったことが明かされていて、大奥を徘徊するのもその人を探すためといった背景が添えられる。儚げだが聡明なアサと活発だが鈍くさいカメという記号的な配置がなされたキャラクターにディテールが加わる。 アサとカメが大奥で食事作りを任される場面についても、映画ではたった2人で50人分を用意しているように描かれているが、ノベライズではほかの女中たちも協力して炊事や盛り付け、配膳を行っている。厳しく躾けられる新人といったシチュエーションを見せることが重要な映画とは違って、ビジュアルイメージの助けを得られないノベライズとして、ディテールを深めて物語世界にリアリティを与え、読む人に自分ごととして感じてもらおうとしたのかもしれない。 そうした背景であり、登場人物の属性といったものが映画より細かく紹介されているノベライズを読むことで、大奥という場所が一般的に言われているような“女の戦場“といったものではなく、国を支える重要なシステムとして描かれていることも分かる。映画で小山茉美が声を担当した、歌山という大奥の政治の頂点に君臨する女性が抱く使命感や、御中臈という最も華やかなポジションにいながら、媚びるような態度を見せず政治に関心を向ける大友ボタンの心情も見えてくる。 大奥という場所で女性たちが何を思って日々の仕事に励んでいるかをノベライズによって知らされた上で、改めて映画を観ると、登場人物たちのひとり一人を愛おしく思いながら、その運命に一喜一憂していけるだろう。 『モノノ怪』シリーズに欠かせない薬売りとモノノ怪のバトルは、スピーディーなアクションを描ける映画の方に分があって、ノベライズでは幻想的な空間を縦横無尽に動いて戦う薬屋のカッコ良さを、そのまま味わえるとは言い難い。逆に言えば、薬売りをデウス・エクス・マキナとして事態を収める役回りにとどめることで、大奥という場所とそこに集う女性たちの生き様を、映画よりも深く感じ取れる。合わせることで『劇場版モノノ怪 唐傘』という作品が持つ意味を、より深くより広く感じ取れるだろう。 『映画 聲の形』や『リズと青い鳥』『平家物語』の山田尚子監督が、オリジナル作品として世に問う長編アニメ『きみの色』を作家の佐野晶がノベライズした『小説 きみの色』(宝島社文庫)も、映画の中ではあまり説明されていないことを、言葉によってディテールアップしてあって、観終わった人の作品への理解を深めそうだ。 8月30日公開予定で、完成披露を始め各地で試写が行われているものの観た人が少ない状態で、どのようなディテールアップが行われているかを説明しては未見の人の興を削ぐ。だから詳細には触れないが、ひとつ言えるのは、メインキャラクターとして登場する2人の少女と1人の少年が、どのような心情で映画に描かれる選択をしたかが分かるということだ。 予告編からは、キリスト教系の女子校に通う日暮トツ子が、同じ高校に通っていた作永きみや、全く別の高校に通っている男子の影平ルイとバンドを組んで音楽に挑む、といった大まかなストーリーが読み取れる。バンドを通して成長していくストーリーとして、『ぼっち・ざ・ろっく!』や『ガールズバンドクライ』に似た感慨を得られる作品になっていそうだ。 だったら、この3人はどこで知り合い、どうしてバンドを組むようなったのか? 映画では展開と演出によって、成り行きの中でそうなっていたように描かれているが、ノベライズはそれぞれの心情に踏み込んで、育ってきた環境や置かれている状況、決断までの心の動きを捉えて描写し、これならバンドを組むことになっても不思議はないと納得させる。 映画の中できみが選んだある事柄についても、ノベライズではきみの心情がうかがい知れるようになっていて、なるほどと思わせる。優等生でいるのは大変だということなのかもしれない。そうした細かなディテールを、映画を見終わった後でノベライズによって固めることで、悩み多き思春期を活写した作品だということを、より深く理解できるようになるはずだ。 他には、予告編でも歌われる「水金地火木土天アーメン」という不思議な歌詞が生まれた理由も分かる。準惑星に格下げされた冥王星はともかく、海王星までもが外されたのはなぜなのか? ノベライズを読んで意外すぎる真相に近づこう。
タニグチリウイチ