「別に完璧じゃなくていい」…20世紀最高の天才学者が考えた「生きづらさを解決するヒント」
寒い日のカレーもブリコラージュ
たとえば雪の降る寒い日、買い物に出かけるのもおっくうだけど、温かいものを料理して食べたいと思った時のことを考えてみましょう。冷蔵庫を覗くと、玉ねぎとジャガイモがたくさん残っています。でも肉がありません。肉ジャガをつくるのは、どうやら難しそうです。一方で、冷凍エビがあります。カレールーもあるので、そうだ、ニンジンや肉がなくてもいい、エビを入れて、カレーをつくろう……と、こういう具合に、手元にあるあり合わせの具材で工夫して、とにかくお目当ての温かい食べものをつくり上げるというのが、ブリコラージュです。 モノだけではなく、呪術、神話、儀礼などもブリコラージュ的につくられてきたと捉えることができます。それらは別の時代に別の場所で考えられたものが、今目の前でつくりつつあるものに再利用されるという仕組みを持っています。新石器時代の人たちや「未開」人たちは、常に巧みなブリコルールだったのです。 そして、ブリコルールによってつくられた新たなモノも神話も儀礼も、ふたたび解体されて再配列され、どんどんと変形が重ねられていくのです。 レヴィ=ストロースは、シュールレアリストであるアンドレ・ブルトンの言葉を引用して、ブリコラージュとは「客観的偶然」の産物だと言っています。それは、偶然のように見えても、必然を秘めているモノのことです。それは、レヴィ=ストロースによって発見された「構造」のことに他なりません。呪術、神話、儀礼というブリコラージュのリストには、シュールレアリストによって生み出された芸術を加えることもできるでしょう。 さらに連載記事〈日本中の職場に溢れる「クソどうでもいい仕事」はこうして生まれた…人類学者だけが知っている「経済の本質」〉では、人類学の「ここだけ押さえておけばいい」という超重要ポイントを紹介しています。
奥野克巳