「結婚したい相手ができたら急がなきゃ…」「ぼくらには時間がない」陸にいない“捕鯨船員”の夫と結婚した妻の“決め手”
船乗りの結婚は急がなきゃならない
妻の言葉を受け、津田は付け加えた。 「その頃は、もう捕鯨の写真も撮っていたけど、人には美しい写真を中心に見せていました。気分を害してしまう人もいるかもしれませんから」 津田はアラスカをフィールドにした写真家の星野道夫に憧れていた。いつか星野が活写したアラスカの風景や野生動物を自分も撮影してみたいと考えていた。 出会って三カ月。しかも二人にとって二度目のデートで、津田は玲をアラスカ旅行に誘う。急な話に思えるが、玲は喜んでくれた。二人はキャンプをしながら二週間ほどかけてアラスカを旅して、結婚を決める。 結婚の経緯を聞いた私は、かつてベテラン船員が語った話を思い出した。 「結婚したい相手ができたら、急がなきゃならない。南極に行っている間に相手に忘れられちゃうかもしれないし、ほかの男にとられたら大変だから」 捕鯨船員は陸上にいる時間が少ない。調査捕鯨時代は冬の四カ月から五カ月は南極海、夏の三カ月は北西太平洋上にいる。航海が終わっても、修繕などで船から離れられない場合もある。だから急がなければならないのだ、と。私は冗談半分に受け流していたが、津田の結婚は、ベテランの言葉を地で行っていた。 「だって、ぼくらには時間がないですからね。結婚って、二人がいいからできるというわけじゃないでしょ? お互いの親にあいさつにいかなければならないし、結婚式も挙げなければならない。陸にいる数カ月でそれらをすませる必要があるんです。だからぼくも、南極に行く前にケリをつけようと」
仕事への誇りとクジラへの敬意
アラスカで結婚を決めた津田は、日本に戻ってしばらくして南極海に向かった。二人が結婚式を挙げたのは、津田が南極海から戻ってきたばかりの二〇一〇年春である。 結婚後、夫妻は伊豆諸島の御蔵島を旅行した。イルカと泳ぎ、レンズを向ける夫の姿に、玲は「やっぱりこの人は、イルカやクジラが好きなんだ」と改めて感じた。 「ぼくは鯨探機を扱うことを想定して、イルカの泳ぎ方や動きを観察して、研究していたんですよね」 そう笑う夫について、玲は語った。 「捕鯨の会社に入ったのは偶然だったかもしれませんが、いまは仕事が好きで、一生懸命なんです。だって、友だちの家族が遊びに来たら、必ず鯨肉を振る舞って食べてもらって、捕鯨についてわかりやすく説明して、自分たちの仕事について理解してもらおうとするんですよ」 捕鯨という仕事への誇り。そしてクジラという野生動物への敬意。妻の目には、夫のなかに、二つが矛盾なく同居するように見えるのだ。 「義父母と妻に子どもを押し付け…」生まれたばかりの赤ちゃんに会えなくても、私が“捕鯨船”に乗り込んだワケ へ続く
山川 徹/Webオリジナル(外部転載)