家族旅行や習い事は「ぜいたく」なのか…多くの人がまだまだ知らない「体験格差」の衝撃
低所得家庭の子どもの約3人に1人が「体験ゼロ」、人気の水泳と音楽で生じる格差、近所のお祭りにすら格差がある……いまの日本社会にはどのような「体験格差」の現実があり、解消するために何ができるのか。 【写真】子ども時代に「ディズニーランド」に行ったかどうか「意外すぎる格差」 発売たちまち6刷が決まった話題書『体験格差』では、日本初の全国調査からこの社会で連鎖する「もうひとつの貧困」の実態に迫る。 高校卒業時、クラスの有志が記念のスキー旅行を計画してくれた。冬に家族で出かけることがあってもスキーをしたことがなかった私は、バイト代を元手にドキドキしながら参加した。靴やウェアのレンタルはもちろん、その使い方から滑り方に至るまで、何もかもが新鮮だった。経験者のクラスメイトが教えてくれたボーゲンに挑みつつ、「子どもの頃から滑り慣れている」という彼女たちの華麗なパラレルを眺めては、「私があのレベルになるまでどれくらいかかるんだろう」とぼんやり考えた。 本書のタイトルを見て、そんな記憶がよみがえった。著者によれば「体験格差」とは、以下のような事柄を指している。 私たちが暮らす日本社会には、様々なスポーツや文化的な活動、休日の旅行や楽しいアクティビティなど、子どもの成長に大きな影響を与え得る多種多様な「体験」を、「したいと思えば自由にできる(させてもらえる)子どもたち」と、「したいと思ってもできない(させてもらえない)子どもたち」がいる。そこには明らかに大きな「格差」がある。 その格差は、直接的には「生まれ」に、特に親の経済的な状況に関係している。 そう前置きした上で著者は、全三部からなる本書を通じて「体験格差」の今を明らかにしていく。第一部では「お金」や「放課後」、「休日」といったテーマごとに「体験格差」を取り上げ、日本で初めて実施された「子どもの体験格差に特化した全国調査」(2022年10月に実施、2000人以上の保護者が回答したアンケート)を元に、「体験」の実態を解説する。第二部では小学生の子どもをもつ9人の保護者から、家庭ごとに異なる実情を聞き取りながら、それぞれの家庭における「体験」の欠如と、それに対する工夫や努力を浮き彫りにしている。まとめとなる第三部では、「体験格差」を社会問題として捉え、是正に必要な施策を提案するとともに、現実に行われている支援や取り組みも紹介する。 1986年生まれの著者は兵庫県の出身で、小学生の時に阪神・淡路大震災を経験した。学生時代にはNPO法人ブレーンヒューマニティーで、被災した児童や不登校児童の支援に携わる。卒業後はKUMON(公文教育研究会)を経て、東日本大震災を機に「一般社団法人チャンス・フォー・チルドレン」を設立し、代表理事に就任した。現在は公益社団法人となった同団体で、家庭の経済格差による子どもの教育・体験格差を解消することを目指すかたわら、全国子どもの貧困・教育支援団体協議会理事、内閣官房行革推進会議「子供の貧困・シングルペアレンツチーム」専門委員なども務めている。 ちなみに著者たちの活動の中でも、「低所得家庭の子どもたちに対する学校外教育費用の支援」を目的とする「スタディクーポン」の総額は、実に13億円を超えているそうだ。特筆すべきその取り組みは既に一部の自治体にも波及し、公的な資金を用いた支援へとつながってきているという。 重要な分岐点は、この社会で生きる大人たちが、「私の子ども」だけではなく、「すべての子ども」に対して、「体験」の機会を届けようとするかどうかにある。「体験格差」をなくそうという意思を、社会全体として持つかどうかにある。 それぞれの家庭や支援団体でできることには、どうしても限度がある。だからこそ著者の問題提起と取り組みを知り、社会に生きる大人として、私たちは支援する必要があるように思う。子どもたちの未来の可能性は無限でも、そもそも本人が、そして本人を支える大人たちが選択肢を知らなければ、その幅は限られてしまう。まずは現状を知り、未来を考えるために。当人はもとより今こどもを支えている人にも、これから支えていきたいと願う人にも、手に取ってみてほしい。
田中 香織