日本では「AIゆりこ」、世界では…? 選挙イヤーで注目される「生成AI」の選挙活動ツールとしての活用法
米国の大統領選では生成AIが地味に使われる
こうした中、11月に大統領・上下両院議会をはじめ総選挙が実施される米国では、むしろ生成AIへの警戒感が強まっている。 既に今年1月、ニューハンプシャー州で実施された予備選では生成AIで作られた偽のバイデン大統領のディープフェイク音声が有権者に投票しないよう電話で呼びかけるという事件が起きている。 このディープフェイク音声を製作したのは、ニューオーリンズ在住のプロ・マジシャンであることが後に発覚した。 彼は「1月に民主党の(バイデン氏とは別の)次期大統領候補の関係者から150ドル(約2万3000円)の報酬で依頼を受け、既製品のAIソフトを使って20分足らずの作業時間でバイデン氏のフェイク音声を製作した。これが(候補関係者によって)悪用されるとは夢にも思わなかった」と(する旨を)証言している。 また、これを取材したテレビ局レポーターの目の前で実際にフェイク音声を製作して見せたが、その様子は全米放送された。 この事件を受け、FCC(連邦通信委員会)は5月に生成AIによるディープフェイク電話を禁止する規制を打ち出した。 これら一連の出来事が影響したせいか、トランプ陣営は今のところ「生成AIを選挙運動に使う予定は一切無い」とする旨を述べている。 一方、バイデン陣営も生成AIで大統領のアバターを製作するといった目立った使い方は控え、むしろ「支持者に選挙資金を募るメールの文案を生成AIで作成する」といった地味ながらも生産性向上につながる使い方に限定するという。 こうした事から、もっと派手な生成AIの使い方を期待していた一部の選挙コンサルタント等からは「これでは、まるで吠えない犬だ」という失望の声が聞かれるという。
生成AI製の候補者を擁立する動きも
他方で、もっと奇抜で大胆な生成AIの使い方も報じられている。 ●An AI Bot Is (Sort of) Running for Mayor in Wyoming(WIRED, Jun 12, 2024) 米ワイオミング州シェイアン(Cheyenne)市で同じく11月に実施される市長選挙では、同市の図書館に勤務するビクター・ミラーという男性が立候補した。 彼は予めOpenAIのChatGPTをベースに「VIC(Virtual Integrated Citizen)」というチャットボット(対話型AI)を製作し、これに過去の市政データや市民の日頃の要望などを大量に機械学習させて、本物の市長に匹敵する有力候補を作り出した。 実際に、それが人間のような声で語るデモも公開されているが、その様子を聞くと本物の人間と結構まともな会話をしているのが分かる。 今後の選挙戦を通じて、このVICというAI候補者が事実上戦い、もしも当選した暁にはシェイアン市政は全て、このAI市長が行う。逆にビクター・ミラーという人間は、そのAI候補者・市長の操り人形に過ぎないという。 もちろん法的、あるいは制度的にはAIが市長に立候補できるはずがない。そこで形式的にはミラー氏が立候補するが、実質的にはAIが選挙戦や同市の政治を行うのだという。 ただ、このAIの立候補が明らかになるとOpenAIはただちに抗議声明を発表し、その中で「こうしたChatGPTの使い方は我々の選挙運動ポリシーに違反しており、AI候補の取り下げに向けた行動を起こす」と(する旨を)通告した。 これに対しミラー氏は、「もしもOpenAIからChatGPTの活用を禁止された場合には、メタ(旧フェイスブック)が提供するオープンソース・コードの大規模言語モデル『Llama 3』に切り替える」という計画を述べている。誰でも自由に使えるオープンソースである以上、それでAI候補者を作り出すのも問題無いというわけだ。 ただ、ワイオミング州の選挙当局は今、こうしたAI候補者が本当に合法かどうか調査中とされる。つまり未だ予断を許さない状況にある。 第三者から見ると、こうした動きは一種の「おふざけ」に思えるかもしれないが、ミラー氏のような当事者に言わせると「一旦当選すると市民の要望を蔑ろにする人間の政治家よりも、むしろ本当に有権者の声を(機械学習で)掬いあげるAI市長に政治を任せるべきだ」とする真面目な政治運動なのだという。確かに一理ある。
小林 雅一(作家・ジャーナリスト)