アイルランド、巨額の「アップルマネー」で4兆円の財政黒字に…苦しむ英国との主客転倒はどうして起きた?
<海外からの投資を呼び込んだうえに欧州統合の波にも乗って「ケルトの虎」と呼ばれる経済ブームを起こし、「欧州のシリコンバレー」として発展した>【木村正人(国際ジャーナリスト)】
[ロンドン発]アイルランドのジャック・チェンバース財務相は10月1日、来年の予算案を発表した。欧州司法裁判所が米アップルに130億ユーロ(2兆1100億円)の納税を命じたことで今年、過去最高の250億ユーロ(4兆650億円)の財政黒字となり、バラ色の予算案となった。 【図表】世界の移住したい国人気ランキング、日本は2位、1位は? グローバル企業はアイルランドに2つの子会社を設置する究極の節税スキーム「ダブル・アイリッシュ」を活用し、悪質な租税回避を行ってきた。欧州連合(EU)は違法な税制優遇だとしてアップルにアイルランドへの納税を求めた。 今年の法人税収入は国民総所得(GNI)の8%に相当する380億ユーロ(6兆1700億円)になり、財政黒字は1年前の予想より倍以上に膨れ上がった。来年の財政黒字も120億ユーロ(1兆9500億円)になる見通しだ。借金大国・日本からすれば何ともうらやましい財政状況だ。 ■「ケルトの虎」と呼ばれる経済ブーム アイルランドのケルト系民族は12世紀にイングランドによって征服され、1801年に併合された。1922年に北アイルランド6州を除く26州が英連邦内の自治領になり、37年に憲法を制定して共和国として独立。第二次大戦後の49年に英連邦からも離脱した。 経済的苦境、政治的弾圧、ジャガイモ飢饉(1845~52年)が重なり、アイルランドの人口は1841年の820万人から1911年には440万人に激減。450万人以上が国外に脱出した。移民の流出は第二次大戦後の1950年代、80年代の不況時も止まらなかった。 厳しい財政再建と経済改革を断行し、1995~2008年、海外からの投資、欧州統合、ビジネス環境の改善によって「ケルトの虎」と呼ばれる経済ブームを起こす。欧州連合(EU)の中でも低い法人税率12.5%を設定し、テクノロジー、製薬分野のグローバル企業を呼び込んだ。 ■「欧州のシリコンバレー」に発展 EUの巨大市場へのゲートウェイを求める海外投資家を惹きつけるとともにEUの構造基金や結束基金を使ってインフラを改善。アイルランドは「欧州のシリコンバレー」として発展し、ピーク時には年間国内総生産(GDP)成長率6~10%を記録した。 08年の世界金融危機で不動産バブルが崩壊、10年の欧州債務危機ではEUや国際通貨基金(IMF)の救済を仰ぐも、脅威の成長力で回復を遂げた。しかし、アイルランドの経済と財政はアップルのようなグローバル企業が税制上、知的財産をどの国に置くかで大きく左右される。 83億ユーロ(1兆3500億円)の予算案について、チェンバース財務相は「明るく希望に満ちた日々をこれからも継続的に提供するための方法と手段を提供してくれると信じている」と述べ、光熱費支援として全世帯に250ユーロ(4万600円)を支給すると発表した。 アップルからの納税資金は住宅・エネルギー・水・交通インフラに充てられる。 ■一方のイギリスでは、長期金利がハネ上がる 一方、EU離脱の後遺症に苦しむ英国の予算案はまだ発表されていないが「痛みを伴う」「国民に大きな負担を求める」(キア・スターマー英首相)ものとなり、220億ポンド(4兆2700億円)もの穴を埋めなければならない。 アイルランドと違って年金受給者への一律300ポンド(5万8300円)の冬季暖房費支給は打ち切られる。レイチェル・リーブス英財務相は主要プロジェクトへの投資を大幅に増やすために財政ルールを変更する意向を示すと、英国の長期金利は3.76%から4.2%超にハネ上がった。 長期金利上昇の背景には米国経済の強さ、中東情勢の緊迫、原油価格の上昇もあるが、リズ・トラス英首相(英国史上最短命の50日で辞任)が財源なしの大型減税予算発表で一時的に債務危機に陥った2年前の悪夢がまざまざとよみがえってくる。 アイルランドとの残酷な対比は、EU離脱というナショナリズムにのみ込まれた英国の苦悩を浮かび上がらせる。