鍼灸は「痛いほど効く」は勘違い? なでるような刺激と「幸せホルモン」が関係するという驚きの研究の「中身」
私たちにとって身近なツボや鍼灸、漢方薬。近年、そのメカニズムの詳細が西洋医学的な研究でも明らかになってきています。例えば「手のツボが便秘改善に効くとされるのはなぜ」「ツボに特徴的な神経構造が発見された?」「漢方薬が腸内細菌のエサになっている?」など、興味深い研究が数多く報告されているのです。最新の研究では一体どんなことが明らかになっているのでしょうか。 東洋医学のメカニズム研究の最前線をとりあげた一冊、『東洋医学はなぜ効くのか』から注目のトピックをご紹介していきます。今回は、なでるような「やさしい刺激」に注目します。 *本記事は、『東洋医学はなぜ効くのか』(ブルーバックス)を再構成・再編集したものです。
やさしい刺激と「幸せホルモン」
今回ご紹介するのは近年、「幸せホルモン」として広く知られるようになったオキシトシンです。 脳の一番奥にある視床下部でつくられ、脳内では神経伝達物質としてはたらきます。出産や授乳、母子関係や性行動などに関わっているほか、ストレスや不安を軽減させたり共感や信頼感を高めたりするはたらきがあります。そして、自閉症などの治療薬としても有効ではないかと盛んに研究されている物質でもあります。また、最近では、鎮痛にも関与していることが明らかになるなど、神経系や免疫系に幅広く関わっていると注目されています。 このオキシトシンと鍼灸との関係が興味深いのは、刺激の強さによって分泌量が変わるということです。 ラットを使った実験によると、鍼灸の刺激は視床下部に達して、オキシトシンを分泌する神経の活動を高めます。 そして、つねるなどの痛みを伴う刺激よりも、なでるようなやさしい刺激の方が、分泌量が多くなることがわかりました。鍼灸治療には、痛みがほとんどないローラー鍼や接触鍼と呼ばれる器具を使った施術法がありますが、オキシトシンの分泌に関しては、このようにやさしくなでるような刺激の方が効果的である可能性が示されたのです。 鍼灸以外でもマッサージやタッチケアといった方法でオキシトシンの分泌が高まることが確認されています。人間が古くから行ってきた愛情・信頼行動である「皮膚に触れる」ことの大切さを象徴する生理反応とも言えるでしょう。 そして、ここで知っていただきたいのは、触れる行為は必ずしも家族やパートナーである必要性はなさそうだということです。先ほどご紹介したオキシトシンの分泌実験で使われたラットは、麻酔で眠っている中で施術を受けていることから、施術するのは誰でも関係ないと考えられています。そのため、まずはご自身でツボをやさしく刺激してみることをお勧めします。 ---------- ----------
山本 高穂(NHK チーフ・ディレクター)/大野 智(島根大学医学部附属病院 臨床研究センター長・教授)