プラダの最新メンズショーがあぶり出す、矛盾と対立から生まれる創造性【2024年秋冬コレクション】
日曜の午後、ミラノ・ファッションウィークで行われたプラダのショーに集ったゲストたちが最初に目にしたのは、オフィスのキュービクルが連なる光景だった。一つ一つのデスクに置かれたコンピューターディスプレイには、プラダのロゴが映し出されていた。ストリーミングでショーの様子を観ていた友人からは「気が滅入りそうだ」というメッセージを受信したが、すぐに「いや、今のは忘れてくれ」と訂正が届いた。すでにインスタグラムで観た人も多いだろう。プラダ財団の講堂に作られたガラスのランウェイの下には、シダが繁り小川がせせらぐ、苔むした地面が広がっていた。長年、プラダのために会場設計を担当してきた建築家、レム・コールハースのこれまでの仕事を振り返っても、ここまで野心的かつ驚きに満ちたインスタレーションはなかったかもしれない。 【写真を見る】プラダの2024年秋冬メンズコレクション全ルックをチェック! ■オフィススペースに出現した大自然 「信じられない」と目を輝かせたのは、シンガーソングライターで俳優のトロイ・シヴァンだった。新しくプラダのアンバサダーを務めるシヴァンは、何百と並んだオフィスチェアのなかでもフロントロウにある自身の席へと歩いていった。「言葉がありません」と話すシヴァンは、ブランドの広告に出るようになる前からショーのためにオーストラリアとミラノを往復していた、真のプラダ・ファンだ。私は彼に、ミウッチャ・プラダとラフ・シモンズが今季どんなコレクションを披露すると思うか尋ねてみた。「何となく、直感的にわかる気がします」と言い、彼は「超エレガント」や「洗練されている」といった表現でそれを占った。セットに関しても、彼は期待を裏切られなかった。「何か特別なことが起きるとは予想していました。しかし、フロアの下を川が流れているなんて。本当に信じられません」 面白いことに、ミウッチャ・プラダ自身は出来上がった会場に足を踏み入れたときに全く異なる印象を抱いたようだ。「恐怖を感じます」と、彼女はバックステージで言った。「私としては、“怖い”というのが第一印象でした。ガラスの向こうに見えても触れることができない自然というのは、怖いものです」 プラダは自社の創造物に、いつだって様々な解釈を可能にしてきた。それは、所属デザイナーに対しても例外ではない。ミウッチャと共同クリエイティブ・ディレクターのラフ・シモンズによるデザインは緻密かつミステリアスで、様々なアイデアで溢れている。最近では、男性の内向性や、建築からの着想、そして選択という行為(世界中のあらゆるコートのなかから自分の一着を選ぶにはどうすればいいのか、といったような)がテーマとなっていた。プラダのコレクションは、ときにそのシーズンにおけるメンズウェア全体の方向性を決定づけもすることから、常に並々ならぬ期待がかけられる。それは、核となるブランドの個性は確かに存在しながらも、各コレクションがどのようなルックへと帰するのかは予想がつかないからである(コーデュロイ中心に70年代の雰囲気を振りまいた2017年秋冬コレクションと、スマートで未来的な2018年春夏コレクションのギャップを見てほしい)。 ■直感的な制作プロセス ミラノ・ファッションウィークのオーディエンスにとって、プラダからの招待状を受け取ったときにゲームは始まる。そこに隠されたヒントから、来たるショーのストーリーを予想するのだ。今シーズン、プラダから届いた招待状にはシンプルなネクタイが封入されていた。それ以外の手がかりは、ミウッチャとシモンズによって何か普通ではないことが計画されているという噂だけだった。バックステージでミウッチャは、ふたりで自然環境のことを考えていたと話した。具体的には現代人とアウトドアの関係性である。それがオフィススペースに出現したテラリウムというアイデアへと具現化していった。自然環境について彼女は、「私たちの社会について、今語らなければならないことを語りたいと思いました。今この瞬間、それ以外のことは語る価値はありませんから」と話した。 しかし、プラダのコレクションがどのように形になるのかはいつでも明快なわけではない。ファッションショーをどのように解釈するかは、デザイナーの意図によって左右される。しかし、2020年に共作を始めたミウッチャとシモンズは、インタビューにほとんど応じてこなかった。珍しくミウッチャが発言するときでさえ、彼女は哲学的で真意の読めない言葉を紡ぎ出す。ある考えについて話したかと思えば、その正反対の考えについて語り出したりもする。彼女にとって矛盾は創造性の源なのである。 ショーの後、ミウッチャは興味深い内実を明らかにした。もしかしたら、彼女が意図したよりも示唆的な内容だったかもしれない。 「私たちは常に、先に何かをやって、それからその動機を探っていきます。発表の数日前にそれまでやってきたことを分析し、ショーのタイトルを決めるのです」 唯一無二の天才として評価を確立したデザイナーの発言としては、奇妙に思えるかもしれない。しかし、直線的ではない彼女のユニークな創作プロセスの本質が垣間見える、手短だが率直な言葉だと言えるだろう。それで思い出したのが、2022年にコールハースが私に語った内容だった。自身の研究機関AMOとともに手がけてきたプラダのランウェイセットのことを話したとき、彼はふたりのデザイナーについて次のように語った。「彼らからはヒントやいくつかのテーマを与えられます。例えば20年前のショーのとき、ミウッチャ・プラダはこう言いました。『ちょっと20年代チャールストン調のイメージで、古めかしい自転車なんかもほしい』とね」。ミウッチャは、自身のコレクション制作にも同じような抽象的なアプローチで臨んでいる。それを彼女はデザインチームとのやりとりのなかでブラッシュアップしていき、最終的なステートメントへと昇華していくのである。そして、それはショーの数日前まで行われる。 ■ショーを貫いた“自然”のモチーフ 今回のショーにおいて、人間と自然、支配と本能の対立というモチーフは明白だった。オープニングを飾ったいくつかのルックでは、ネクタイとクレリックシャツを身に着けたモデルが立て続けに登場した。何人かは、丸みのあるショルダーを備えた厚手のウールやツイードのジャケットを着用していたが、これは単なる企業戦士のイメージではない。彼らが頭に被っていたニットのスイミングキャップは、ショーに通底する水のモチーフに関連した数あるディテールの一つである。「たいていの人はスクリーンセーバーに自然の写真を使っています。本人は極めて人工的な環境に身を置いていたとしてもね」と、シモンズは言う。「このコレクションにはいくつものモチーフがあります。ビジネスマン、肉体労働者、頭脳労働者など、それが自然環境にどのように収まるのか、そこに大きなコントラストを見出しました」 そういった決断は、厳格なコンセプトに依るよりも感覚的になされているとシモンズは説明する。「最近のコレクションは直感的に作り始めることが多いですね」と、彼は話した。 一方ミウッチャは、四季の移り変わりと人との感情的な関係性について、またそれに付随する現代の不安について考察したという。「重要視したのは服と季節の関連性であり、服は外に着ていくものという考えです」と、ミウッチャは言う。「(自身のコレクションには)たいてい季節感がありません。冬でも裸だったり、夏でも着込んでいたりね。しかし今では、季節という人間の生活リズムを決定づける基本的な要素に従うことが必要だと考えるようになりました。だから服も外の環境に、気候に、現実に沿うようにしたのです」 気候変動についても、ミウッチャは繰り返し意見を述べた。「この件に関しては政治的なあれこれが絡んできますが、私たちはそこに関わりたくはありません」。それでも、ショーでは昨今の異常な気候のためにますます不可欠となってきた、季節の変わり目に対応するレイヤリングアイテムが多数披露された。何人かのモデルが着ていたのは、柱のようにすっと真っ直ぐに伸びたスリムなトレンチコート。また、バラクラバのようなフードを備えたコートは、スカーフを首元にしっかりと巻いてある以外は前を開けて、下に着込んだスーツとネクタイのスタイルを見せていた。コントラストを効かせた鮮やかなカーディガンとセーターのアンサンブルからは、暖かな秋の午後の雰囲気が感じられた。 プラダらしいファンキーなカラーパレットで登場したニットのロングジョンズ(ももひき)は、シモンズによるとオランダのアイススケート大会「エルフステーデントフト」の典型的な装いであり、コートと一緒に着られることが多いという。「いくつもある」と話したコレクションのモチーフについて、シモンズはさらに深掘りして次のように羅列した。「人と水、人と海、川、雨。それに水泳など、スポーツに限らず水に関連する人の活動、田園での散策、そして船乗りといった仕事など」。“田園”の趣は厚手のツイードパンツ(最初期の防雨ウェアである)やキャンバス地のフィールドジャケットに、“海”は船長の制帽やダメージレザーのオフィサーコートにそれぞれ託された。 ショーを後にする頃に私が考えていたのは、コンセプチュアルなセットのことよりも、コレクションの一部に見られた斬新かつ風変わりなスタイリングの可能性についてだった。それは、すっきりとしたソールのオックスフォードシューズのシェイプや、バッグのストラップでなければ純粋な装飾品のようにも見える幅広の編み込みベルトのことである。現代の男性が身に着けるには奇抜にも見えそうなニットのロングジョンズでさえ、大きめのコートと合わせたときにはクールに感じられた。 シモンズの言葉が、最終的にはそれがゴールなのだと示唆していた。つまり、矛盾を抱えたスタイルを通した刷新だ。「オフィスに行くときに従わなければいけないドレスコードはこう、自然に触れるときの格好はこう、などと決めつけたいとは思いません」と、彼は言う。「おそらく、私たちはお互いに揺さぶりをかけようとしていたのだと思います。そこから何か現代的なものが生まれるのではと期待しながらね」 ミウッチャがいかに“nature”(自然)のモチーフからコレクションのタイトルでもある“Human Nature”(人間の本能)というテーマを導き出したか、私よりも経験豊富なプラダマニア(シヴァンがそうだ)であれば、より深い洞察力が発揮できるかもしれない。それでも私は、彼女がバックステージで語ったことを自分なりに考えてみた。私は、服が形になっていく過程で露わになるのは偽りのない創造物であると彼女は説いていたのだと捉えた──それが意図的かにかかわらず。だとすれば、そこには興味深い仮説が浮かび上がってくる。ミウッチャとシモンズは、我々オーディエンスと同じ視線で自身の創造物を解釈しているのではないか。我々がプラダのショーを体験し、解釈し、反応し、最終的に受け止めるその過程こそ、彼らの制作プロセスそのものなのかもしれない。 From GQ.COM By Samuel Hine Translated and Adapted by Yuzuru Todayama