TBSの元人気アナ、幼い頃から否定されてきた母の“本音”を聞いて「本当に良かった」と思った理由
元TBSアナウンサーの久保田智子さん(47歳)が、ドキュメンタリー映画『私の家族』で初メガホンを握りました。 【画像】TBSテレビ報道局の久保田智子さん。2019年に特別養子縁組で新生児の娘を家族に迎え 本作は「TBSドキュメンタリー映画祭2024」の一作で、東京・大阪・京都・名古屋・福岡・札幌と全国6都市で3月15日(金)より順次開催されます。 その題材は、ほかならぬ自身と家族のこと。2019年に特別養子縁組で新生児の娘を家族に迎えた久保田さんは、2歳になった頃(当時)から娘に生みの母の存在や出自について伝える“真実告知”を行っています。さらに自身の両親・家族の過去とも向き合い、さまざまな“対話”を重ねていくなか、家族の在り方について気づくことが多かったと言います。 前後編でお届けする久保田さんのインタビュー。前編では映画制作にあたり、大切にしたことをはじめ、久保田さんのルーツである自身の母親との関係性について迫ります。
はじめは個人的な記録としてカメラを回していた
――娘さんとの初対面の日からカメラを回されていたと思いますが、その時から映像で発信していこうと思われていたのでしょうか? 久保田:そんなつもりは当初はありませんでした。あくまで個人的な記録として、毎日何かしらを撮って貯めていこうと思っていたんです。なぜならわたしたちは“当たり前の始まり”ではないから、何かひとつ積み重ねを可視化できるようにしたいなと思っていたんですよね。 目に見えるってすごく重要だと思っていて。たとえば何かあったとき「わたしたちどうして家族なの?」という話題になったときに記録を見返したい。1日目、2日目、3日目、4日目、毎日必ずその日にやったこと、どこにいたかなどを記録して、将来見て話せたらいいねと思っていたんです。映画には使っていないすごい量の映像と写真があります。 特別養子縁組をしたのは、アメリカで大学院を卒業して日本に戻ったばかりのころです。アメリカでは養子縁組が多く成立していて、オープンに話す空気感がありました。日本では成立件数も少ないし、オープンに話す人がまだまだ少ないのかなと思いました。 私はメディアに携わっていますし、特別養子縁組がどういう制度なのか、一例ではありますが自分の生活をオープンにすることで、特別養子縁組の理解が深まるきっかけになれたらと思いました。