西島秀俊「若い子たちが楽しそうにしている現場はいい現場」好き嫌いが判断基準になる曖昧な世界だからこそフェアな視点を持ちたいとも
才能ある人たちと一緒に仕事をすることが目標
──西島さんのやりたいこととは? 監督、脚本家、プロデューサー、俳優、スタッフを含めて、才能ある人たちと一緒に仕事をして、いい作品を作ることが僕のいちばんの目標です。「どうやってこんな映画を作っているんだろう?」「どうしてこんな発想ができるんだろう?」と思う人はたくさんいて。 そういう方たちと一緒に仕事をすることで、まったく新しい視点で世界を見たいんです。チャンスが増えている現状はすごく光栄なことだと思っています。 ──昨年はハリウッドのエージェントと契約されました。今後は海外に拠点を移すことも考えているのでしょうか? いえ、正直、今と別に変わらないです。エージェントとは契約しましたけど、お話をいただく間口が広がったというだけ。最近まで事務所のホームページもなかったくらいで、僕は決して広い間口で仕事をしてきたわけではないんです。その間口が少しでも広がって、いろんな人と仕事ができるチャンスが増えるのであれば、すごくありがたいことだと思います。 ──チームで仕事をする上で、心がけていることは? 精神的にも肉体的にも健康な状態で、いい意味で自由に自分を表現できる状況が理想だと思うので、そこを大事にしたいですね。 いい現場の例としてわかりやすいのは、若い子たちが楽しそうにしている現場。だから「大丈夫?」「寝てる?」とかすごく聞くし、眠れていないなら、環境を改善するために動いていきたくて。 単純に嫌なんですよね。誰かがすごく苦しい思いをしていたり、誰かがすべてを背負っていたり、上の人たちが楽しそうで若い人たちがヘロヘロになっている現場が。それは誰かが不当に搾取しているということだし、僕の好みではありません。かつてはそういう現場も多く経験してきたけれど、いい作品にするために、自分の手の届く範囲でできることをしていきたいと思っています。
フェアな視点を持つことは、父から教わった
──全体を俯瞰で見るマネジメントの視点もお持ちですね? いつもフェアでいたいと思っていて。それこそ父にずっと「フェアであれ」って言われてきたんです。人は誰しも好みや自分の視点があるけれど、好き嫌いでする判断は相手のモチベーションを下げてしまう。実際そうじゃないですか。フェアに判断されるからこそ人はがんばることができる。 父はエンジニアでしたけど、技術を持っている人がきちんと評価されるフェアな世界なんですよね。僕も昔はエンジニアになろうとしましたが、結果的に映画の世界に飛び込みました。 映画はむしろ“好み”という曖昧なものが判断基準になる世界。だからこそ父は「フェアな視点を持ちなさい」と言ってくれたんだと思います。まだまだできているかはわからないし、すごく難しいことではあるけれど、好みに左右されず人のいい部分を認めるということは、常に頭の片隅に置いています。 ──では、お芝居をする上で心がけていることは? 仕事から帰ってきてみるなら、重い作品よりも楽しくてホッとできて、前向きになる作品がいいじゃないですか。今はそういうものを作っていきたい。観ていただいた方に楽しんでもらいたいという気持ちがすごく強いんです。 だから「この作品はどんな人に向けて作られているか」ということを、撮影前に考えます。『黄金の刻』だったら、今はもう他界している祖母が楽しんでくれそうなドラマだなとか。そういうことを想像しながら役作りをしていくと、イメージが持てるし、しっくりくるんです。 ──受け手のことを常に考えているんですね。 僕ももともと映画を受け取る側だったし、助けられてきましたからね。若い頃は仕事がなかったんで、毎日映画館に通っていました。 シネマヴェーラや、ユーロスペース、国立映画アーカイブ、アテネ・フランセ(文化センター)、日仏学院(アンスティチュ・フランセ)などなど、とにかく毎日いろんな映画館をぐるぐる回って映画をみていました。その時間は、仕事も何もない孤独な若い男にとって、とても豊かで充実した時間でした。映画館がなかったらどうなっていたんだろうと思うくらい(笑)。 ──困難を乗り越えながら夢を叶えた金太郎と、仕事に恵まれなかった時期を経てご活躍されている西島さんは、共通点があるように思います。 本当に好きなことがあると、どんなことがあっても突破できるんですよね。夢を叶えるには、まず“好き”であることが最初の条件のような気がします。僕の場合、映画好きだった父の影響で、テレビで放映される吹替えの名画を子供の頃からひたすら録画してみていました。それが映画に魅了される大きなきっかけだったんです。 すごく遠回りをしてきましたが、一応30年俳優を続けてこられたし、やりたいと思える仕事ができています。もちろん人との出会いなど、幸運だったと思うこともあります。でもそれは僕が特別だったわけではなく、きっと、誰もがみんな同じくらいの運しか持っていないと思うんです。 自分の好きなものを握りしめながら生き続けていれば、絶対誰かが見てくれている。これから夢を叶えたいと思っている若い方にも、“好き”を信じて突き進んでいただきたいです。 取材・文/松山梢 撮影/石田壮一 ヘアメイク/亀田 雅 スタイリスト/カワサキ タカフミ