『ブギウギ』市川実和子演じる麻里が初めてぶつけた不満 誰もが納得の帰着点はあるのか
タナケン(生瀬勝久)との共演作『舞台よ!踊れ!』で新境地を開いたスズ子(趣里)。羽鳥善一(草彅剛)が舞台のために書き下ろした新曲「コペカチータ」で歌手として表現の幅も広がり、ここからさらに飛躍していくと見られた矢先、村山興業のトミ(小雪)から秘書・矢崎(三浦誠己)を通じて伝達が届く。 【写真】スズ子(趣里)に絶対歌手をやめるなと伝える愛助(水上恒司) 村山興業の跡取りである愛助(水上恒司)との関係をどうするか。『ブギウギ』(NHK総合)第77話で、スズ子は戦争でうやむやになっていた問題と改めて向き合うこととなる。 坂口(黒田有)の計らいで愛助と同棲を始めて2年。その間に愛助は大学を卒業し、村山興業の宣伝部で社員として働き始めた。今後は本格的に後継者としてトミの仕事を引き継いでいく中で、愛助を支えてくれる伴侶が必要となる。その伴侶にスズ子はふさわしくないと、トミは2人の交際に反対していた。しかし、戦争中に自分の身も危ない中で結核の愛助を懸命に看病してくれたスズ子の人となりを坂口を通じて知り、気が変わったのだろう。“ある条件”を呑むのであれば、愛助と結婚しても構わないという御触れが出た。 その“ある条件”とは、スズ子が歌手をやめること。大好きな歌か、愛する人か。端的に言えば、どちらかを取れという残酷な決断をトミはスズ子に迫る。その話に最も憤慨するのが、善一の妻・麻里(市川実和子)だ。「なぜ女ばかりが……」という怒りの矛先は、家のことを麻里に一任している善一に向けられる。彼女は寛容といえども言うべきことは言う女性。だけど、怒りに任せて不満をぶつけるのは今回が初めてではないだろうか。 根っからの芸術家肌である善一にとって、麻里は紛うことなき必要不可欠な存在だ。善一が作曲家として大いに才能を発揮するための土台を整えるブルドーザーであり、思いつきで行動するがゆえに周りを混乱させることも多々な彼のブレーキでもある。そんな彼女を善一は一途に愛しているし、感謝もしている。おそらくだけど、意図的に麻里を家に縛り付けた覚えもないだろう。 でも、彼がピアノに向かっている間、子供たちの面倒を見ているのは麻里だ。3人の子供たちも成長とともに意志を持ち始め、言うことを聞かない時も増えている今、その大変さは増している。そのことに無自覚なまま、スズ子が歌手を止めることに猛反対する善一を見て不満が爆発したのだろう。麻里自身に本当はやりたいことがあったのかどうかは定かでないが、同じ女性としてスズ子には仕事も結婚も諦めてほしくないという気持ちがあるのかもしれない。 しかし、スズ子の心は歌手をやめる方向に傾いていく。トミが夫である先代の社長といかに会社を大きくしてきたか、という話を坂口から聞いたからだ。坂口いわく、村山興業には“家族的なまとまり”があるという。芸人が何か悪さをすれば、先代が叱りつけ、客の笑いが取れず落ち込んでいる芸人がいれば、トミが優しく励ます。そうやって2人が他の社員とともに芸人たちを単なる会社の商品ではなく、子供のように面倒を見て、大切に大切に育ててきたからこそ、たくさんの芸人たちが才能を開花させて、村山興業は日本随一の演芸会社として成長を遂げたのだろう。そこにもスズ子の原点・はな湯の“義理と人情”の精神があり、坂口の話が彼女の心に刺さるのも分かる気がした。 だけど果たして、村山興業にはトミのような母親的存在が必要だからといって、スズ子が幼い頃からの夢だった歌手をやめてまで、その役割を背負う必然性はあるのか。愛助がトミの言い分に納得できない理由と、マリがもやもやする理由は共通している。何より愛助はスズ子の大ファンだから、彼女に歌手をやめてほしくない。平行線を辿るこの問題に誰もが納得しうる帰着点はあるのか。再び雲行きが怪しくなってきた。愛助のゴホゴホという咳が私たちの不安を増長させる。
苫とり子