「イサム・ノグチの遺産への侮辱」──ノグチ美術館がケフィエ禁止令に反した職員を解雇、波紋広がる
ニューヨークのイサム・ノグチ財団・庭園美術館(以下ノグチ美術館)に務める一般職員3人と、来館者の案内係を取りまとめるスタッフの4人がパレスチナ文化を象徴するスカーフ、ケフィエを禁止する服装規定に違反したとして解雇された。これを受けアーティストや美術関係者、そしてクイーンズ区民は9月8日に美術館の外で抗議活動を実施し、館長を務めるエイミー・ハウの更迭を要求した。 抗議の参加者はケフィエを身にまとい、「私たちから発言権を奪い抑圧してきた。エイミーをクビにして閉鎖しろ」と美術館の外で連呼した。彼らはまた、「ケフィエ禁止に反対」と書かれた看板や、パレスチナ支持集会で唱和される『川から海まで』を日本語で記したサインを掲げていた。今回、解雇された従業員の一人で抗議に参加したトラソニア・アボットはこう語る。 「誰の文化が政治的であるかを恣意的に決定することは、文化機関にとって恐ろしい前例となるでしょう」 US版ARTnewsはノグチ美術館の広報担当者にコメントを求めたが、回答は得られなかった。 アボットも約70人の従業員と同様に、来館者サービスなどケフィエが来場者の目に触れる部門で働いていた。アボットによると、従業員の一部は、イスラエルによるガザへの攻撃が続いていることに抗議するために、数カ月前からチェック柄のスカーフを身に着けていたという。 解雇された従業員らは、美術館の敷地外に連れ出され、8月14日に上層部との面談を実施したという。アボットは、面談の最中にケフィエを脱がなければ、懲戒処分を受けると告げられたことを明かし、こう続ける。 「私がケフィエを身に着けている理由は上層部に伝えました。私の信条や世の中の見方、そして黒人に対する警察への暴力被害を受けた民族であること。こういった点が、パレスチナに対する攻撃と共通してパーソナルであるかを伝えたのです。でも、私の意見は運営側にとってどうでもよかったのでしょう」 その日のうちに、ノグチ美術館の従業員たちは、「政治的メッセージを表示する服装」を禁止する新しい内部方針を上層部からのメールで知らされたといい、それが「ケフィエはもう許されないという意味である」と広く理解したという。また、指導者たちはその後、美術館の敷地内ではこのスカーフを脱ぐよう明確に要求した。 このメールが出された数日のうちに、美術館の従業員72名のうち54人が禁止令に抗議する嘆願書に署名しており、このような方針は「イサム・ノグチの遺産への侮辱」であるとハウに直訴している。従業員たちはまた、クイーンズに住むアラブ系アメリカ人コミュニティの間で美術館の評判を失墜させるものであり、パレスチナを支持するアーティストからボイコットされる可能性もあると警告した。 8月21日にハウから送られたメールには、ケフィエ禁止令は引き続き有効であると書かれており、こう続けられている。 「中立的でプロフェッショナルな環境を維持するため、従業員が政治的メッセージ、スローガン、シンボルを表示する衣服やアクセサリーを着用することを禁じます。これには、政党、候補者、イデオロギー運動を宣伝するアパレルやアイテムも含まれますが、これらに限定されません」 こうしたなか、アボットと2名の案内係、Q・チェンとナタリー・カッペリーニは、ケフィエを脱ぐことを拒否したため解雇され、3人の上司である中東系の従業員もそれ以前に解雇されている。抗議者たちは、中東系の従業員と、黒人であるアボットの解雇を人種差別的だと非難した。この疑惑に関する問い合わせが現在美術館に殺到している。 カッペリーニは、ハウと外部の人事コンサルタントとの面談で解雇を告げられており、人事コンサルタントはカッペリーニの名前を間違えてダニエルと呼んでいたことが、音声録音に記録されていた。ARTnews US版の取材に対してカッペリーニは次のように語る。 「コンサルタントは私の名前すら知りませんでした。ケフィエを身に着けている私を見て、排除したかっただけなのです」 同美術館のスタッフは、名前の由来である彫刻家イサム・ノグチが反戦を公言していたことから、この状況を特に憂慮している。日本人の父とアメリカ人の母の間に生まれ、ニューヨークを拠点としたノグチは、第二次大戦時に起きた日系人の強制収容から除外されていたが、在米日系人への連帯を示すため、アリゾナ州のポストン戦争強制収容センターに志願拘留されている。この収容所は、真珠湾攻撃の後、西海岸に日本人および日系アメリカ人を収容するために建てられたいくつかの収容所のひとつだ。同美術館は2017年から18年にかけて、彼の自己抑留に関する回顧展を開催していた。 9月8日に行われた抗議で参加者たちは、原爆の犠牲となった日本人のための3つの慰霊碑や、美術館が所蔵する1930年の労働争議中に殺害されたメリヤス工場労働者に捧げられた彫刻など、彼の活動から生まれた政治的な芸術作品の詳細を記したチラシを配った。 「美術館そのものが政治性をはらんでいます」 こう語るカッペリーニは、同館が以前、アジア系アメリカ人に対する警察の残虐行為や暴力の問題に取り組んでいたことを指摘した。 「この間ずっと、ケフィエを禁止することは、美術館が非政治的な空気を維持するためであり、美術館が聖域であることを維持するためだとハウは主張し続けてきました。しかし、この禁止令は単なるポーズでしかないのです」
ARTnews JAPAN