詩神の帰還(11月20日)
あかちゃんの産毛のようだ。ふわふや、つやつや。けがれと無縁のみずみずしい輝きが宿る。そんな珠玉の詩編には、もう出会えまい。谷川俊太郎さんが92歳で逝った▼例えば、かつての歌壇に異端の石川啄木がいた。日々の暮らしを詠むことで、伝統という軛[くびき]から古来の定型詩を解き放ち、市井に近づけた。谷川さんは自由詩の伝道師。身近な言葉でつむぎ続け、子どもにも大人にも楽しさを伝えた。「国民的詩人」とたたえられる由縁だろう。第1詩集に序文を寄せた三好達治は、その孤高の才能を〈意外に遠くからやつてきた〉と表した▼とらえどころのない人間という存在を、真正面から見詰めた。〈あの青い空の波の音が聞えるあたりに何かとんでもないおとし物を僕はしてきてしまつたらしい〉。初期の「かなしみ」から引いた。何を落としてしまったか。答えは書かれていない。人は皆、何かを失ったまま生まれてくる。それが最大の悲しみなのだ、とでも言っているかのよう▼威勢を強め始めた木枯らしをすり抜けて、「詩神」は元いた遠い場所に帰っていった。同じ悲しみを抱えた同士だからこそ、相手に優しくなれる。あったかな教えを残して。<2024・11・20>