原典が残っていない源氏物語 「写本」の新発見が大ニュースに…後世に残す大切さとは
様々な立場の人が描写した作品、時代を知る
水野:スペースのリスナーさんから、「源氏物語」と「大鏡」との関連はありますか、という質問が届いていました。「大鏡」は平安時代後期に成立したとみられる、作者不詳の歴史物語ですね。 たらればさん:源氏物語が執筆された平安時代中期、この頃の世相を記録する手法はいくつかあって、まずは漢文で記された男性の日記ですね。道長の「御堂関白記」、藤原実資の「小右記」などです。 そしてもうひとつが女性が書いたとされる仮名による散文、「栄華物語」や「紫式部日記」ですね。当時の政治や生活、恋愛事情などを描いています。そういう意味では源氏物語も、当時の風俗や人々の考え方を知る手がかりになります。 たらればさん:では「大鏡」は何かというと、ぼくは漢文の記録と仮名の日記+物語の中間ぐらいにあたるものだと考えています。 「大鏡」は藤原氏に対して皮肉めいたことも書いてあって、日記や物語よりは史実寄りで、書き手の見た日々の史実や感想しか記していない記録よりは物語寄りな作品です。 「大鏡」筆者の批判精神がにじんでいて、あー、書き手は当時の政治状況からは逃れられないんだな、と思いますね。 書き手の属性や性別、階級といったものが「筆に宿る」。作者はどこまでいっても自分であることから逃れられないわけです。その「自分」を背負った作品を、どこまで遠くに飛ばせるのか…というのが作品の力でもあるんですけどね。 「一条帝の時代」というのは日本文学がひとつの頂点を迎えた時期といえるのですが、そういう時代の宮中の様子を、紫式部日記、枕草子、栄花物語、大鏡、各種古記録、そして源氏物語と、様々な立場の人が様々な思いで残した作品によって知ることができる…というのは、やっぱり幸せなことだと思います。
清少納言の描かれ方「100点満点」
水野:たらればさんの〝最推し〟清少納言(ファーストサマーウイカさん)の、大河ドラマでの描かれ方はどう感じていますか。 たらればさん:もう100点満点です。ドラマでは19,20歳ぐらいで登場したんですが、その頃の清少納言の記録ってほぼ存在しないんですよ。 そもそも清少納言は、枕草子と清少納言集しか著作が残っていないし、ほとんど記録がないので、28歳で藤原定子さまに出仕するまで彼女がどんな生活をしていたか、おぼろげにしか分からない。 これまでぼんやりと想像で埋めるしかなかったんですが、もうそれが、わたしのなかでは「ファーストサマーウイカさんみたい」になってきました。 水野:それは素敵! たらればさん:でもそれだけに、これから定子さまが没落していく先が怖いですけどね…。未来…、過去? どっちでもいいか、ともかくドラマの今後の運命が分かっているのが非常にイヤですね…。 水野:とはいえたらればさん、大河ドラマを通じて道長のことも好きになってきてますもんね。 たらればさん:そうなんですよ……。第9回で道長の父・兼家が「これより力のすべてをかけて、帝を玉座より引き下ろし奉る!」と言うシーンがありましたよね。「寛和の変」と呼ばれるクーデターです。 恐ろしいことに、今後、道長が権力を駆け上る過程で、確執のあった三条天皇(木村達成さん)に対して似たようなことをやるわけです。 水野:父と同じ道を…。たらればさんの情緒がもつのか、今後も心配です。 たらればさん:情緒を乱されながら、みなさん一週間、一緒に生き延びていきましょうね…! ◆これまでのたらればさんの「光る君へ」スペース採録記事は、こちら(https://withnews.jp/articles/keyword/10926)から。 次回のたらればさんとのスペース(https://twitter.com/i/spaces/1OdKrjeLXdQKX)は、4月7日21時~に開催します。