『ブギウギ』草彅剛の“流されたくなる”演技の心地良さ “曲者”タナケンが本格登場
他人を思いやり、借りたものは返す。『ブギウギ』(NHK総合)において、“義理と人情”は大事なキーワードの一つ。しかし、それは時に縛るものであることを、戦後も同じ場所に留まり続ける楽団員たちの姿を通してスズ子(趣里)は知った。 【写真】初対面のタナケン(生瀬勝久)に挨拶をするスズ子 好きな場所で、好きな音楽を、好きなだけ奏でられる自由を。ようやく手に入れたのだから、一人ひとりが思いっきり謳歌しようじゃないか。そんな気概で楽団解散の判断を下したスズ子。楽団員たちは一抹の寂しさを覚えながらも、晴れやかな顔でスズ子のもとを去っていった。小夜(富田望生)を除いて。 小夜が突然付き人を辞めたいと言い出したのは、自分だけビジョンが見えなかったからではないか。いや、むしろ一生付き人の未来が容易に想像できたからかもしれない。いずれにせよ、そこには「どうにかしなきゃ」という焦燥感があったはず。スズ子の元から完全に姿を消したことからも、相当決意は固いのだろう。おそらく一緒にいるであろう米兵のサム(ジャック・ケネディ)が良い人であることを祈るばかりだ。 それから3カ月後が描かれた第72話。大学を卒業し、村山興行の宣伝部で働き始めた愛助(水上恒司)と遅れてきた新婚生活のような日々を送るスズ子に新たな仕事が舞い込む。それは、日本を代表する喜劇王の“タナケン”こと、棚橋健二(生瀬勝久)からの共演依頼だった。 役者として活躍するかたわら、自ら舞台の演出をこなし、歌あり踊りありの喜劇で人気を博すタナケン。そんな彼が自身の手がけるレビュー劇団を舞台にしたドタバタ劇の出演女優を探しており、元レビューガールで、歌って踊れるスズ子に白羽の矢が立ったという。たしかにスズ子は適任なような気もするが、芝居に関しては全くの素人だ。スズ子も冗談としか思えなかったが、話を持ってきた山下(近藤芳正)は真剣そのもの。どうやら村山興業の元マネージャーとしての審美眼が、福来スズ子は女優向きと言っているらしい。その熱意に押され、スズ子はひとまずタナケンに会ってみることにした。 だが当日、タナケンは約束の時間から2時間遅れで現れた挙句にスズ子が話しかけても完全にスルー。ようやく口を開いたかと思えば、「よく喋るね」とスズ子の空笑いを一刀両断する。「もしや、これは絶対に笑わないタナケンをスズ子がいかに笑わせるかのテストなのか……!?」という可能性が一瞬頭をよぎったが、そうではないらしい。タナケンのマネージャーは「棚橋先生がスズ子に会いたいとおっしゃっている」と言っていたが、実際は“ある人”からスズ子を強く推薦されて仕方なく会ったに過ぎなかった。 スズ子を強く推薦……この時点で多くの人が気づいたと思うが、その“ある人”とは羽鳥善一(草彅剛)。さほど本人がその気ではなくとも、彼なら「タナケンが会いたいって」とか言ってマネージャーに連絡を取らせるだろう。今回の行き違いが発生した経緯が容易に想像できるのは、善一がこれまでもそうだったから。彼には決して強要していないのに、なぜか自分の要求を押し通すだけの不思議な力が備わっている。それなのに横暴な感じが一切しないのは、草彅のどこ吹く風なひょうひょうとした演技が心地良いから。ついつい流されてしまいたくなってしまう。 スズ子も、善一から「これは君にしか歌えないリズムなんだ」と舞台のために新しく書き下ろした楽譜を嬉々として渡された手前、そう簡単に退くことはできなくなってしまった。そこに山下の援護射撃もあり、一旦はタナケンからのOKも出る。一悶着あって、ひと通りドタバタした後、話が綺麗にまとまるこの流れは何やら久しぶり。小夜の行方や愛助の体調など心配事は尽きないが、ようやくひたすら明るい『ブギウギ』らしさが戻ってきたと実感した回だった。
苫とり子