【能登半島地震】「酒に逃げたくないと断ると『バカじゃないの』って」 ビル倒壊で妻と長女を失った居酒屋店主が「復興中」の看板に込めた思い
元日に起きた能登半島地震から間もなく半年となるが、復興は遅々として進んでいない。そんな中、輪島市で倒壊した五島屋ビルの下敷きになり、経営していた居酒屋兼自宅ばかりか妻と長女まで失った楠健二さん(56)が6月10日、かつて家族で住んでいた神奈川・川崎市で再び居酒屋「わじまんま」をオープンさせた。元は洋食店だった店を居抜きで借り受け、2カ月かけて手作りで改装した店内には、亡き妻のアイデアを生かして自作したのれんを掛けた。楠さんの「復興」が、やっと始動したのである。 【写真をみる】“不自然な倒れ方”をした五島屋ビル 下にはまだ遺品が埋まっている
「残された家族のためにもやるしかない」
開店前から入り口には客の列ができていた。 「いらっしゃいませ。5時半開店です。時間が来たらお入りください」 開店前には「誰も来なかったらどうしよう」と心配していた楠さんは、ホッとした様子で行列に並ぶ客にそう声をかけた。店内では楠さんの長男と次女も開店の準備を手伝っている。 営業中を意味する「復興中」のボードが入り口脇に掲げられると、店内はすぐに客でいっぱいになった。楠さんはあえて「復興中」としたことについて、こう話す。 「都会が嫌で輪島に行ったわけだから、ここで再開するのは本意ではない。でも輪島だけではなく、オレも復興しないといけない。残された家族のためにもやるしかない。それであえて『復興中』としたんです」 避難所生活中は「家族を守るという父親の仕事ができなかった」という思いから、「ビルさえ倒れなければ」と悔やみ続けていた。 「倒壊現場で娘を発見した時にはまだ生きていたんです。でも建物に足を挟まれて動かせない。娘の足を切断すれば命だけは助かるんじゃないかと思ったのですが、オレにはそれができなかった」
目標は“妻と長女が眠る地”での再オープン
悲しみが癒えない楠さんに酒を飲ませて勇気づけたのは輪島の仲間たちだった。 「酒に逃げたくないと断ると、『バカじゃないの』って。飲んで救われましたね。おかげで、やるしかないと覚悟を決めることができました」 輪島時代に取引があった業者に電話をして食材を手配し、被災して作られなくなってしまった地元の酒をネットオークションなどで掻き集めたが、まだ足りないという。 「正真正銘の輪島の味を提供して、お客さんに復興が遅れている現状を発信し、輪島の力になりたい。オレができることなんてそれくらい」 妻と長女の姿を思い出してしまうから今は輪島での営業は考えていないというが、復興が進めば、将来的にはこの店を「支店」にして、妻と長女が眠る地で「本店」を出すのが目標だという。
撮影・本田武士 「週刊新潮」2024年6月20日号 掲載
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