山田尚子監督『きみの色』で主人公を演じた鈴川紗由が語る、役への愛「体が先に動いてしまうところや、マイペースなところが私と似ている」
『映画けいおん!』(11)や『映画 聲の形』(16)など、繊細な演出と稀有な映像センスによって、思春期の若者たちのみずみずしい感情を描いてきたアニメーション監督、山田尚子による完全オリジナル長編アニメーション映画『きみの色』(公開中)で、1600人に及ぶオーディションから主人公のトツ子役に選ばれた鈴川紗由。アフレコ当時は主人公と同い年だったという彼女が、等身大の輝きを放ちながら、周囲を優しく照らすようなキャラクターに見事に息吹を吹き込んでいる。本作でたくさんの初挑戦を果たした鈴川が、トツ子からもらった力、未来への展望など、18歳の想いを明かした。 【写真を見る】18歳にして主演を掴んだ鈴川紗由が目指す“色”「赤など情熱的な色を持った人になりたい」 ■「オーディション合格の報せをいただいて、うれし泣きしました」 人が“色”で見えるトツ子が、同じ学校に通っていた美しい色を放つ少女・きみ(声:高石あかり)と、音楽好きの少年・ルイ(声:木戸大聖)と出会い、音楽で心を通わせていく姿を映しだす本作。脚本は「けいおん!」シリーズ以降、幾度となく山田監督とタッグを組んできた吉田玲子。音楽を『映画 聲の形』や「チェンソーマン」などの牛尾憲輔が担当している。 うれしい色、楽しい色、穏やかな色など、人が“色”で見えるトツ子は、天真爛漫な女の子。悩みや葛藤を抱いたきみ、ルイに寄り添う力を持ち、観客にとっても観ているだけで笑顔になれるようなキャラクターだ。トツ子役でオーディションを受けた鈴川は、どのような気持ちで参加したのだろうか。 鈴川は「私はもともと声優さんやアニメが好きで、『映画 聲の形』も大好きな作品です。『山田監督の最新作のオーディションがある』という話を聞いて、ぜひ演じたいと思いました。同時に『たくさんの方が応募しているのだろうな…』と思っていたので、とにかく挑戦してみよう!という気持ちでした」と回想。1600人が参加した各審査を通過してトツ子役を手にしたが、「事務所の方がサプライズで結果を教えてくれたんです!クラッカーを鳴らして、ケーキも用意してくれたんです」と興奮ぎみに当時を振り返る。「結果を待っている間は、食事も喉を通らないくらいでした。サプライズで合格を教えていただいた時には、頭が真っ白になってしまって。それからまず、母に電話をして報告をしました。母は『おめでとう!』と泣いていて、私も泣いてしまいました。うれし泣きです」と照れ笑いをのぞかせる。 「夢が叶った」と語る声優業へのチャレンジは、鈴川にとって大きな目標だったという。「中学生くらいのころからアニメや声優さんが好きになって。私は『何歳でこういう仕事をしたい』とつづった夢ノートを作っているんですが、『25歳くらいで、声優さんのお仕事をできたら』と書いていたんです。それを18歳で叶えることができて、本当に夢のようです」。 ■「アフレコでは、山田監督の言葉が救いになりました」 山田監督は本作の製作報告会で、オーディションで出会った鈴川に“ひと耳惚れ”したと明かしている。いざ始まったアフレコでは、鈴川にとって山田監督の存在が大きな励みになったという。 鈴川は、「オーディションの時に数ページ読ませていただいた脚本からは、トツ子に対して『おとなしい女の子なのかな』という印象を抱いていました。でもすべて読んでみると、きみとルイを引っ張っていく存在なんだと気づいて、印象がガラリと変わりました。また、トツ子の明るさやチャーミングさが、3人の空気を作っているんだと思うと、アフレコの前にはどうやって表現したらいいんだろうと悩むこともありました」と打ち明けつつ、「山田監督が、『鈴川さんのままでいいですよ』と言ってくださった。迷っていた私にとっては、ものすごく救いの言葉になりました。アフレコをしていた当時、私はトツ子と同い年ということもあり、その言葉をいただいてからは自然体や等身大で演じることができたらと思って臨みました」と感謝をにじませる。 また山田監督は、「オーディションで実際にお会いしたら、鈴川さんはトツ子にしか見えなかった」とも話している。キャラクターと重なる点について「あらかじめいただいていたトツ子のイメージビジュアルに寄せられるように、オーディションには三つ編みをしてオーバーオールを着ていったんです。その印象が強かったのかなと思います」と笑顔を弾けさせた鈴川。「私は学校でもおとなしめのほうだったので、トツ子のようにすごく明るいというわけではないんですが、頭で考えるより体が先に動いてしまうところや、マイペースなところもトツ子と私は似ているなと思います。あと私も、小さなころにクラシックバレエを習っていたんです。でも運動神経が悪くて、なかなかうまくいかなくて…。そっくりだなと思うところがたくさんありました」とトツ子にたっぷりと愛情を傾ける。 劇中で、トツ子&きみ&ルイは、バンド活動で音を重ねることによって心を一つにしていく。アフレコも3人のシーンは、高石、木戸と一緒に取り組むことができたと話す。「今回は3人とも声優初挑戦だったので、台本の持ち方から話し合いながらやっていました。アフレコブースの中ってすごく密閉されていて、別世界にいるような感覚になるんです。まるで3人だけの時間が流れているようで、とても不思議な感覚でした。『一緒に頑張ろう』と声を掛け合ったり、2人の存在が支えになっていました」と演じたキャラクターと同様に、高石、木戸とも励まし合いながら前に進むことができたとしみじみ。 「バンド練習をする教会で3人が一晩を過ごして、ルイが『僕たちは好きと秘密を共有しているんだ』と話すシーンがあります。あのシーンでは、アフレコブースを暗くして、3人で椅子に座ってコソコソ話をするようにして収録をしました。劇中のシーンとリンクさせるような状況を皆さんが作ってくださったことで、気持ちや空気感を作ることができました」と印象的なシーンに触れながら、「アフレコブースを出たところに、スタッフさんがいつもお菓子をたくさん用意してくださっていたんです。しかも映画の内容に合わせて、カラフルなお菓子がたくさんあって!休憩時間にはみんなでお菓子を食べて、気持ちをリフレッシュして『頑張ろう!』と力をもらっていました」と温かな時間を過ごしたと目尻を下げる。 ■「赤色を胸に、メラメラと心を燃やしながら進んでいきたい」 鈴川は2005年生まれ、和歌山県出身の18歳。14歳の時に、2020年開催のユニバーサル ミュージック初の女優オーディション「“ニューヒロイン”オーディション」で特別賞を受賞し所属。その後、数々のCMや、映画『女囚霊』(23)、若手俳優の発掘・育成と地方創生を目的とした「私の卒業プロジェクト」第5期の映画『こころのふた~雪の降るまちで~』(24)など、俳優としての道をひたむきに歩み始めている。 この世界に憧れたきっかけは、「水野美紀さんのお芝居に衝撃を受けたこと」だと告白。「NHK連続テレビ小説『スカーレット』と『浦安鉄筋家族』というドラマが、同時期に放送されていた時があって。どちらにも水野さんが出演されているんですが、ドラマを観ていた私は、同じ方が演じているとは気づかなかったんです。同じ方が、こんなに違う役を演じることができるんだと驚きました。それから俳優のお仕事をやってみたいと思い、事務所のオーディションに応募しました」と熱を込める。「明るい役柄やクールな役柄、キラキラとした青春ものや怖い作品など、真逆のものにチャレンジできるような俳優になりたいです」と振り幅のある俳優が目標だ。 トツ子という優しい女の子を通して、声優業や歌、宣伝活動などたくさんの初体験を果たした。鈴川は「トツ子は持ち前の明るさで、きみとルイを導いていきます。誰かを引っ張っていけるような明るさは私にはないものなので、トツ子を見習っていきたいなと思います。トツ子の優しさや明るさがみんなに影響を与えていく姿を見て、私自身、とても背中を押されました」とトツ子からたくさんの力ももらったという。「私は性格的に考えすぎてしまうところがあるんですが、山田監督とのやり取りを通して、怖がらずにお芝居をしていいんだと思えました。自分が想ったことをぶつけてみて、ダメだったらやり直せばいい。自分が楽しんでやることを大事にしながら、ポジティブに考えよう。そんなふうに、殻を破れたような気がしています」と本作で得たものは限りない。 人の“色”が見えるトツ子だが、「赤など情熱的な色を持った人になりたいです」と目を輝かせた鈴川。「トツ子のように周りに、影響を与えられるような人になりたいなと思っています。赤色を胸に、メラメラと心を燃やしながら進んでいきたいです」とすがすがしく宣言していた。 取材・文/成田おり枝 ※高石あかりの「高」は、「はしごだか」が正式表記