「不適切にもほどがある」昭和のテレビマンだったテリー伊藤が語る「ドラマのうまさ」と「物足りなさ」
今年1月期のドラマ「不適切にもほどがある!」(TBS系)は、現代では考えられない主人公の言動が視聴者に大きなインパクトを与えた。昭和では当たり前だと思われていたことが、コンプライアンスの厳しい令和ではいかに「不適切」かを痛快に描き、放送日には毎回、SNSでさまざまな考察が飛び交った。このドラマがウケた理由を昭和の第一線で活躍してきたテレビマンはどう見るのか。天才プロデューサーとして型破りなバラエティー番組を数多く手がけてきたテリー伊藤さん(74)に話を聞いた。 【写真】「ふてほど」で大ブレイクした偏差値68の若手女優はこちら * * * 取材冒頭、テリーさんにドラマ「不適切にもほどがある!」についての感想を聞くと、こう返ってきた。 「オリジナルの脚本を手がけたクドカン(宮藤官九郎)のうまさが光ったね。コンプライアンスが厳しくて、今はニュースでも、バラエティーでもできないことを、ドラマでならできると考えて、あえて不適切な単語や行動をドラマに盛り込んでいった。このテクニックがすごいなと思った。ドラマがウケたのはその痛快さや懐かしさじゃないかな」 ドラマは、阿部サダヲが演じる主人公・小川市郎が、1986(昭和61)年と2024(令和6)年をタイムスリップし、時代のギャップに直面し悩みながらも、自身をアップデートしていくという物語。第1話の冒頭が「起きろブス、盛りのついたメスゴリラ!」というセリフから始まるように、薄毛や身長、女性の容姿などをからかうセリフもあり、ことあるごとに「1986年当時の表現をあえて使用して放送します」という“注意テロップ”が流れた。
■昭和には「悪い面」もあった 「今は昭和ブームだという背景もあるでしょうが、ドラマで取り上げられている『昭和』は、喫茶店でクリームソーダを注文するシーンや女性が髪の毛をくるくる巻きにするシーン、懐かしい風情の建物とかが出てくる。ドラマというリングの上で、そうした昭和の風情と過激なセリフが調和するから、視聴者は安心して見られたと思うんですね。だけど、昭和には、もっと別の悪い面だってあったことも事実でしょう」 テリーさんが言う「悪い昭和」とは、一体どんな光景なのか。 「街を歩いていれば恐喝されたりして、暴力も日常茶飯事だった。ヤクザの任侠映画シリーズが人気で、神戸では暴力団が実際に抗争を繰り広げていました。東京でも学生たちがゲバ棒を振り回したり、機動隊に投石したりする騒乱事件が起こった。もっと身近なところでは、隅田川にゴミをバンバンぶん投げたりしていた。そういう昭和の姿もあったわけです」 こうした視点がなかったところは「少し物足りなかった」としたうえで、テリーさんは「ふてほど」がヒットした理由をこう述べる。 「あくまでも、やさしい昭和だからでしょう。ドラマという枠の中で、みんなで安心して笑いたいという欲求を満たしてくれるドラマだった、そういう感じがします」 実際、昭和の時代には「ふてほど」では描写されていないような過激な「現場」がいくつもあった。テリーさんはプロデューサーとして、常識破りのバラエティー番組を生み出してきた“当事者”だ。