失われた“ソバージュの男”の防犯カメラ映像…国松長官銃撃事件直前に警察トップの自宅を訪問した不審者が
複数・組織的犯行か
このやりとりに特捜本部捜査員140名全員が色めきだった。 地取り情報が銃撃実行犯の当日の動き、その陰に迫ってきたからである。 理事官とは別のひな壇組が口を開いた。 「犯人は複数。事前に何度も現場に来て下見をし、長官の行動、警護態勢の確認を入念にしていたばかりか、犯行後も狙撃犯の逃走経路を惑わすようにダミーの逃走犯を仕込んだ可能性もあるようだな」 普段は能面の様に鎮座している特捜本部ナンバー2の参事官だった。 初動における聞き込み捜査で上がってきた多くの目撃情報が、「複数犯」「組織による犯行」という事件の輪郭を朧気ながら描き始めていた。
ソバージュの男
初動捜査も大詰めを迎えた5月の終わりの捜査会議では、こんな場面もあった。 南千住署の佐藤警備課長率いる警備課員から、衝撃の報告があったのである。 「事件前の不審者情報についてご報告します。 3月10日、午後11時30分から翌日11日の午前0時30分までの間、長官宅の玄関先を映している防犯カメラのセンサーが3回鳴りまして、警備課員が現場に急行しました。 現場の国松邸の前に既に不審者はおらず、防犯カメラのチェックを行いました。午後11時50分ごろ、男1名の映像を受信しました」 「人着は?」ひな壇の理事官は尋ねた。 「男は年齢が25から30歳。体格は普通かやせ型で、ソバージュ風のパーマがかかった髪型の若者が映っていました」 「映像を見せてくれ」と理事官は反応した。 すると警備課員は何やら肩を落としている。 「実は、5月2日頃、受信装置の整備を行っていたところ、テープが壊れてしまって棄ててしまいました」 大事な映像がないと言うのだ。 「なにぃ?」 ひな壇の理事官は気色ばんだ。 長官邸の玄関先を映している防犯カメラ映像は「画像警戒伝送システム」と呼ばれ、南千住署に設置された機材で録画されていた。 長官宅のドアの近くを人が通ると、その熱を感知し本署の警報が鳴るシステムで、警報を合図に署員がボタンを押し映像を録画する手順が取られていた。 録画はビデオテープで行われていて、デッキを整備していた課員がこのテープを回収しようとデッキから取り出した際、テープのフィルム部分がデッキにこんがらがってしまったそうだ。 フィルム部分がぐじゃぐじゃになってしまったため、使えないと早とちりした係長が棄ててしまった。 映像は永久に失われてしまったというのだ。 この報告に、捜査本部は水を打った様な静寂に包まれた。 捜査員全員が「何でそんな大事なものを棄てるんだ?復元だってできたはずだ」と悔しがった。 「ソバージュの男」 直ちに銃撃実行犯に直結するような話ではなかったが、この話を知った南千住署の署長は、半ば半狂乱になって佐藤警備課長を責めたという。 【秘録】警察庁長官銃撃事件8に続く 【編集部注】 1995年3月一連のオウム事件の渦中で起きた警察庁長官銃撃事件は、実行犯が分からないまま2010年に時効を迎えた。 警視庁はその際異例の記者会見を行い「犯行はオウム真理教の信者による組織的なテロリズムである」との所見を示し、これに対しオウムの後継団体は名誉毀損で訴訟を起こした。 東京地裁は警視庁の発表について「無罪推定の原則に反し、我が国の刑事司法制度の信頼を根底から揺るがす」として原告勝訴の判決を下した。 最終的に2014年最高裁で東京都から団体への100万円の支払いを命じる判決が確定している。
上法玄
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