フリーアナウンサー・神田愛花『元彼からパクったスーツケース』
昨年11月、1泊2日の旅行に出掛けた。新宿駅でホームへ向かう階段を降りようとスーツケースを持ち上げた時、取っ手がズバンッと取れた。スーツケースはドドドドドドッ! と大きな音を立てて階段を滑り落ちてゆき、ホームに着地。手の中には取っ手だけが残った。(ついにお別れの時が来たか……)としみじみとした気持ちになった。 【画像】個性あふれる神田愛花さんの直筆イラスト(1回~41回)はこちら そのスーツケースとは、23年の付き合いになる。私が20歳の時、当時お付き合いしていた彼氏がイギリスで購入してきた。イギリス王室御用達のスーツケースブランド″グローブ・トロッター″のもので、当時日本では15万円くらい。大学生だった私には高額で、自力で手に入れるのは困難な代物だった。ちょうどヨーロッパのブランドに興味を持っていた時期で、私の中でソレは″いつか欲しい憧れのものリスト″の最上位にランクインしていた。なので(どうしても手に入れたい!)と思うのは自然な流れ。(よぉし、二度と返さないぞ)という決意で、彼に「ちょっと貸してくれない?」とお願いして、自宅に持ち帰った。 こういう時の私の決意は岩のように固い。お付き合いはその後、数年間続いた。何度も繰り返される彼からの「返してよ」の言葉を、「もう少しだけ!」と言いながらかわし続けた。そしてとうとう、彼とのお別れの時。「アレだけは返してほしい」とお願いされたが、ハッキリ「嫌だ」と返答した。その瞬間、ソレはめでたく、完璧に私のものになったのだった。 その後、地方出張や友達との国内旅行など、泊まりが伴う数えきれないほどの移動は、常にそのスーツケースが一緒だった。とても丁寧に扱い、「荷物を持ちましょうか?」とお声掛けいただいてもお断りし、どんなに重くても自分の手で運ぶようにしてきた。また、飛行機移動で航空会社に預ける時も、予め自分で用意しておいた大きなビニール袋を被せ、表面にキズが付かないよう対策を取ってきた。そのスーツケースに何かあった時は、他人のせいではなく、すべて自分のせいだと思えるよう努力してきたのだ。 そこまでさせた理由って何だろう。もしかして、未だに元彼に未練があるから? いやいや全然違う。たしかにスーツケースを見るたびに、記憶が薄れて″へのへのもへじ″になった元彼の顔は浮かぶ。だが、(懐かしい)とか(あの頃は楽しかった)なんていう気持ちには1ミリもならない。むしろ(″願えば叶う″の象徴! これが無料だなんて、私ってマジすごい!)という気持ちになるのだ。 ◆元彼からもらったものは、 捨てる派? 捨てない派? もともと、次にお付き合いする彼に申し訳ないとか、けじめのため、といった周囲の声に私も共感し、″捨てる派″だった。だが、実際に、元彼からもらった(正確にはパクった)憧れのグローブ・トロッターのスーツケースを″けじめ″のために捨てる……と考えた時、「何がけじめだバカバカしい! こんなに気に入っているのに、捨てるワケないっしょ!」となったのだ。その日以来″捨てない派″に転向した。 というのも、その時に素晴らしい考え方を習得したからだ。 例えば、身の丈に合っていない高価なものをプレゼントされたとする。もちろん彼の優しさもあるが、それは半分。残りの半分は、自分の努力の賜物なのではないか? 「高価なものをあげたい」と思わせたのは、他の誰でもない、自分自身。日頃の向き合い方が彼の胸を打ち、行動に移させたのだ。 それに、次にお付き合いする彼は、元彼との別れで学び、成長した私を好きになっている。なのになぜ、過去の自分にけじめをつける必要があろうか? いや、なかろう。むしろ元彼と付き合ったことで、アナタ好みの女になったことを褒めてほしいくらいだ。 新宿駅で私の手から離れていったスーツケースは、そんな大切なことに気づかせてくれた、かけがえのない宝物だったのだ。階段を猛スピードで滑り落ちてゆく姿からは、「あなたには全部教え切ったから、もう大丈夫!」という声が聞こえてきた気がした。 そして先日、次の大切なことを教えてもらうべく、まったく同じスーツケースの色違いを、自腹で購入した。新しいソレとの20年以上にわたるであろうお付き合いが、スタートしたのだ。……それにしても、値上がりがハンパなかったな。 かんだ・あいか/1980年、神奈川県出身。学習院大学理学部数学科を卒業後、2003年、NHKにアナウンサーとして入局。2012年にNHKを退職し、フリーアナウンサーに。以降、バラエティ番組を中心に活躍し、現在、昼の帯番組『ぽかぽか』(フジテレビ系)にメインMCとしてレギュラー出演中 『FRIDAY』2024年3月1・8日号より 文・イラスト:神田愛花
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