がんサバイバーら4人が当事者の思いなど語る―ネクストリボン2024
◇第2部 トークイベント「がんで働いちゃダメですか?~取材者から当事者に」
阿久津友紀さん(北海道テレビ東京支社編成業務部長) ◇ ◇ ◇ 現在、私は北海道テレビ東京支社に勤務しており、パートナーと2匹の保護猫を札幌に残して単身赴任をしている。4年前、46歳の時に健康診断で両側乳がんが分かった。その10年前には母が乳がんに罹患し、18歳の時には父を胃がんで亡くしている。がん当事者、家族、遺族まで全て経験している。 2003年、報道記者の時に1人の若年性乳がんの患者と病院で出会い、取材をスタートした。その女性が一生懸命啓発活動を行っていたこともあり、一緒に活動を続けてきた。 健康診断で「ほぼ乳がん」といわれたとき、誰に伝えたらよいか分からなかった。パートナーに「ほぼ乳がんらしい」とだけLINEを送ったら、すぐに「やるべきことをやるしかない」と返事があり、その言葉に救われたと思っている。関係を継続できなくなるかもしれないと思っていたがいったんは安心して、次の検査を受けながら頑張っていこうと思えた。 そのとき、自分が取材していた皆さんと自分はきちんと向き合えていたのかとも思った。「がん患者は生きづらい」――患者が口々に言っていた言葉だ。「がんとは言い出せない」「世の中から排除されるのではないか」「がん患者なのにヒールをはいていいの? 温泉に入っていいの? 遊んでいいの?」――皆悩んでいると思う。自分がこのことに気付いてしまったのだから、きちんと世の中に伝えていかなければいけないと決意した。 最近は「仕事を辞めなくてもよい」と最初に伝えてくれる医師も多くなったと聞くが、会社にどう伝えるかは非常に悩んだ。当時、会社では報道で初めての女性管理職だったが、仕事を続けられないのではないかと思い込んでしまい、どんどん暗い気持ちになってしまった。今振り返れば、状況を整理しながらきちんと本当のことを話して、もっと早く解決する方がよかったと思う。 手術からは1カ月で仕事に復帰した。案外できたと自分では思っている。社内のがんサバイバー同士が連携を始めたことも大きい。皆で経験をシェアすることが力になった。そうした人が増えていくことで社会を変えていけるのではないか。 母は「がんになったとき普通に接してもらったことが一番うれしかった、だから娘にもそうしたほうがよいと思った」と話してくれた。パートナーにも感謝している。家族も第二の患者といわれるが、患者と同じような思いを抱えてしまうのだろう。そして、間違えたくないのでやってほしいことはきちんと言ってくれと言われ、できないことは助けてもらうことが大事だということも分かった。 自分ではどうしようもないことを耐える力をネガティブケイパビリティと呼ぶそうだ。それができるようになってからずいぶん楽になった。備えて、知識を得ていくことが非常に大事だと思う。転移や再発の不安はあるが、それを思うよりも目の前のことを楽しんだほうがよいと思っている。 患者の困り事はたくさん言ってもらって、どんどん改善していくことが必要だと思う。そのために、今後はそういった方々をつなげる、つながることを大事にしていきたい。せっかく生かしてもらった命のある限り、そのきっかけになればよいと思って、活動を続けていきたい。 ネクストリボン2024 主催:公益財団法人日本対がん協会、株式会社朝日新聞社 後援:厚生労働省、経済産業省 特別協賛:アフラック生命保険株式会社 協力:日本イーライリリー株式会社、大鵬薬品工業株式会社、株式会社ルネサンス 支援:株式会社メディカルノート
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