あなたの知らない札幌《サッポロビール博物館》後編 正しい缶の注ぎ方は?
【北海道・札幌】人口200万人の声も聞こえる北の大都市・札幌。その札幌には、多くの観光地や名物施設があります。とはいえ、札幌市民ですらそれらのすべてを知っているわけではありません。そこで「あなたの知らない札幌」と題した企画をスタート。第12回後編は、4月にリニューアルオープンしたサッポロビール博物館(札幌市東区)で最近のビールについて、そして缶ビールの正しい注ぎ方を伝授してもらいます。飲み頃ビールの「黄金比率」といわれる「ビール7:泡3」を作り出す方法とは……。(取材・構成/橋場了吾)
サッポロとアサヒが同じ会社だった?
サッポロビールの前身・札幌麦酒会社が設立されたのは1887(明治19)年のことです。おおもとの「開拓使麦酒醸造所」が1886(明治18)年に民間払い下げとなり、明治時代を代表する渋沢栄一らが中心となって札幌麦酒会社を設立しました。 その後、1906(明治38)年に日本のビール界にとって大きな出来事が起こります。それが恵比寿麦酒を製造していた日本麦酒会社(本社・東京)の社長・馬越恭平が、業績が低迷していた日本麦酒の立て直しのために、北の札幌麦酒会社(本社・札幌)と西の大阪麦酒会社(のちのアサヒビール)との合併を画策し、大日本麦酒株式会社が設立されました。当時札幌麦酒会社はシェア1位を獲得していましたが、この大合併により市場の7割近くを独占することになります。しかし戦後の財閥解体のあおりを受け、朝日麦酒(のちのアサヒグループホールディングス)と日本麦酒(サッポロホールディングス)に分割されました。 ちなみにサッポロビールの主力商品である「黒ラベル」というネーミングについてですが、これはビールの愛好家たちがつけた愛称を拝借したものです。かつてのビール瓶は今よりも薄い茶色で、名前の部分はシールではなく瓶に直接白い塗料を塗っていました。そのビール瓶にビールを入れると、白い部分が外からは黒く見えたので「黒ラベル」と呼ばれるようになり、そのまま商品名になったのです。