中国の素人サッカー集団「村超」、14億人を魅了する一大ムーブメントに 村人のバスケ「村BA」も大人気、指導部の政策に反発し「楽しさ」追求
ゴールネットを揺らす決定的瞬間を迎えた。「ここだ」とサッカーボールに狙いを定め大きく振り切った右脚は空を切り、選手は尻もちをついた。数万人の観客からブーイングの嵐が巻き起こると思ったが、逆に「加油(頑張れ)!」「次がある」と応援の熱量が一段階上がった。ワールドカップ(W杯)でも、イングランドのプレミアリーグでもない。中国南部・貴州省の農村部で、毎週末に開かれる素人集団によるサッカーリーグ「村超」の試合だ。 遠方からファンが押し寄せ、インターネットで中継されるなど、一大ムーブメントとなった。しかし選手のレベルはお世辞にも高いとは言えない。優勝チームや優秀選手の賞品も地元の牛や鶏と、目新しさはない。何が人口約14億人のハートをつかんだのか。私は答えを見つけるため、村超の現場に向かった。(共同通信中国総局 杉田正史) ▽入場までに1時間かかる人だかり 7月末の決勝戦を取材するため、ミャオ族やトン族など複数の少数民族の村が集まる貴州省榕江県に急いだ。全国各地から数万人のファンが集まる試合会場は豪華絢爛とは対極的な地元住民らが趣味で使っている運動場だった。「詰めかけた大勢の観客を収容できるのだろうか」と不思議に思うほどだ。
道路の両脇に羊肉の串焼きや特産品のスイカ、冷たい麺などの屋台がずらりと並ぶ。日本の夏祭りさながらの雰囲気を楽しみながら進むと、会場から300メートル付近で人の流れが緩慢になった。「入場制限をしています」と、地元政府の案内役の女性が説明してくれた。 人口30万人に満たない貴州省榕江県の規模に対して、村超の人気が予想外に広がり、警備員の確保や交通整理が追いついていないようだ。でも「みんな、手作り感を含めて村超を理解している」ため、もめ事などは起きていないと女性は続ける。 壊れた柵の隙間からどうにか入場を試みる男性、警備担当者に懇願する息子連れの父親。みんな必死だ。 ごった返す人の波をかき分けて、会場に入った時には1時間ほど経過していた。 ▽選手と観客は目と鼻の先 ピッチを見渡す。選手と観客との距離に驚いた。まさに目と鼻の先だ。スローイングやコーナーキックの際、背後に観客がおり、選手は十分な助走ができない。双方がぶつかることもあれば、飲料水が入ったペットボトルを受け渡すこともある。ピッチ周辺では民族衣装を着たグループが打楽器を鳴らしながら行進したり、地元特有の藍染めのシャツを販売したりしていた。私も周囲の興奮した雰囲気にのまれ、「貴州村超」と書かれたシャツ3枚を1万円ほどで購入した。 「プレッシャーがあるだろうが、大丈夫だ」。ナレーターの大きな声が耳に飛び込んできた。村超では敵も味方もない。ゴールを決めれば「すごい」、転んでチャンスを逃しても「問題ない、次につなげよう」との声援が会場に響く。中国のプロサッカーは国や民族を背負い、「国威発揚」の緊張感が漂う。村超はそれとは正反対の世界だった。