千住真理子がデビュー50周年。記念企画が12月のイザイでスタート
2025年、ヴァイオリニストの千住真理子がデビュー50周年を迎える。大きな節目だけに、当然ながらさまざまな記念コンサートが企画されており、11月20日(水)、都内でその発表会見が行われた。 【画像】その他の写真 会見は、この種のイベントとしてはちょっと珍しい趣向で、元NHKの森田美由紀アナウンサーとの対談形式で行われた。日頃から一緒に食事に出かけたりする親しい仲というだけあって、なごやかな雰囲気のなかで50年を振り返る、楽しく興味深いトーク内容。さまざまな「秘話」も披露された。 千住のデビューは、まだ小学6年生の12歳だった1975年1月。NHK主催の第1回「若い芽のコンサート」で、すでに大御所だった江藤俊哉とともにJ.S.バッハの《2つのヴァイオリンのための協奏曲》を弾いてNHK交響楽団と共演した。 「いちばん憶えているのは、大人たちから『NHKホールはステージが広いから、真ん中まで急いで歩いていってお辞儀をしないといけない』と言われて、大股で、速く歩く練習をしたこと。じつはその歩き方が今でもクセになっています。それと、照明がまぶしくて、目を閉じて演奏したのですが、その経験で、今もステージ上で目を閉じると落ち着いて弾けるのです」 なるほど。ステージに登場する彼女のちょっと “男前” な速足や、目をつぶって集中して弾くという、ファンならよく知る千住真理子の舞台スタイルは、50年前のデビュー・コンサートですでに完成していたわけだ。 挫折を救った、イザイの人間くさい魅力 12歳でのデビュー後も、15歳(中学3年生)で日本音楽コンクールに最年少優勝するなど、華々しい活躍が続いた。しかしずっと順風満帆だったわけではない。“天才少女” と呼ばれるプレッシャーから、毎日14時間もの練習を続けた10代。精神的にも肉体的にも追い込まれていったという。それが限界に達したのだろう、20歳の頃、「もうこれ以上無理だ」と、大きな壁にぶち当たった。初めての挫折。どうしても乗り越えられず、一度はヴァイオリンから離れた。そんな時期を振り返ったときに、「私のそばから絶対に離れなかったふたりの作曲家」と語るのが、J.S.バッハ(1685~1750)とウジェーヌ・イザイ(1858~1931)だった。 デビュー50周年の記念企画は、今年12月に、そのイザイの《無伴奏ヴァイオリン・ソナタ》全曲演奏会で始まり、J.S.バッハの《無伴奏ヴァイオリン・ソナタ&パルティータ》全曲を弾く来年12月まで続く。 イザイの《無伴奏ヴァイオリン・ソナタ》全曲演奏会は12月20日(金)に東京・富ヶ谷のHakuju Hallで。 「イザイは、怒りや悲しみ、悩みなど、とても人間くさい音楽を書いているんですね。その当時、挫折した私が、その人間味に惹かれてちょっとずつ弾いてみると、イザイの悲しみとか怒りとか絶望に、私の気持ちがすっと溶け込んでいったのです。イザイなら近寄っていける。そう思って、最初は自分ひとりのためにイザイを弾くようになりました」 以来イザイの《無伴奏ヴァイオリン・ソナタ》(1924)は、ヴァイオリニストとして復帰した彼女の代名詞となり、5年の節目ごとに必ず全曲演奏に取り組んでいるライフワークだ。 全6曲の作品だが、もう1曲、未完成の〈ソナタ ハ長調〉が2018年に発見された。千住は2020年に、その1曲も含めた全7曲を録音しており、今回もその「完全版」を演奏する。 会見では、当時から40年以上使い続けているというイザイの楽譜を見せてくれた。「日記のようなもの」というその楽譜には、びっしりと書き込みがあり、ページによっては音符が見えないほど。ステージ上で暗譜で演奏するときには、音符とともに、そのさまざまな書き込みも映像として目に浮かんでくるのだという。 あこがれていた “しわの音” 2歳3ヶ月のとき、ふたりの兄がヴァイオリンを習っていたのがうらやましくて、一緒に習い始めた。現在日本画家で4歳ちがいの長兄・千住博と、2歳ちがいの次兄の作曲家・千住明。千住三兄妹が揃ってヴァイオリンを弾いていた時期があるのだ。 「でもふたりとも小学6年生ぐらいでやめてしまって。兄たちは練習が嫌いだったんです。私は練習が好き、ヴァイオリンをいじっているのが好き。そこで差がついたのかなと思います(笑)。でも二人とも上手だったんですよ。博はものすごく器用で、なんでもほぼ初見で弾ける。弾けてしまうから練習しないんでしょうね。明はちょっと不器用なんだけれども、弾けるようになると、説得力のある、心に訴えかける音楽を奏でる。大人を泣かせる子だと言われていました」 来年5月にはその兄たちと共演するコンサート「千住家の軌跡」も開催。有名な3兄妹なので、すでに何度も共演しているのかと思いきや、3人が一緒にステージに立つのはこれが2度め。しかも25年ぶりだというから、やや意外。 「25年前、3人とも個性が強すぎて妥協しないので、本番の幕が上るまで侃々諤々。スタッフの皆さんもさぞ懲りたと思います。それ以来3人の共演がなかったのは、きっとそれが理由です。今回もどんなことになるか、誰にもわかりません(笑)」 10年後の60周年どころか、「100歳まで弾きます!」とさらに前を見据える。見るからにまだまだ若々しい彼女だが、“しわの音” という、奥深い言葉を語った。 人間、年齢を重ねれば、人生を刻んだ証として、指先にもしわが出る。 「でも、そのしわが音になるんです。子供の頃から、巨匠たちの演奏を聴いて、その “しわの音” にあこがれていました。なぜかわからないけれども、“しわの音” が聴こえて、胸が熱くなって涙が流れてくる。こういう音を出したい!早くしわになれ!と。それが夢でした」 “しわ”もまた、音楽家の素敵な年輪。今回のメモリアル・イヤーも、きっと千住真理子にとっては、“まだ” 50年。これからもどんどん深い “しわの音” を聴かせてくれるにちがいない。 取材・文:宮本明 千住真理子デビュー50周年記念企画(2024年11月発表時点) 【1】イザイ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ全曲演奏会(完全版) 12月20日(金) Hakuju Hall 12月22日(日) 兵庫県立芸術文化センター 【2】千住家の軌跡 出演:千住博、千住明、千住真理子、N響のメンバーによるアンサンブル、近藤サト(司会) 2025年 5月10日(土) 東京オペラシティ コンサートホール 5月18日(日)兵庫県立芸術文化センター 5月20日(火)愛知県芸術劇場コンサートホール 【3】コンチェルト・リサイタル 「メンデルスゾーン&チャイコフスキー&ツィゴイネルワイゼン」 指揮:岩村力 2025年 9月14日(日)サントリーホール(東京フィルハーモニー交響楽団) 9月21日(日)ザ・シンフォニーホール(関西フィルハーモニー管弦楽団) 9月29日(月)札幌コンサートホールKitara(札幌交響楽団) 【4】バッハ:無伴奏ソナタ&パルティータ全曲演奏会 2025年 11月22日(土)京都コンサートホール 12月6日(土)東京オペラシティ コンサートホール