日曜劇場『海に眠るダイヤモンド』杉咲花の演技の“稀有な説得力”の秘密とは? 作り物であることを忘れさせる魅力を徹底解説
杉咲花“朝子”のベストシーンは?
『海に眠るダイヤモンド』に登場する朝子も、演じ手である杉咲花のマジックによって、当時、あの場所で生きたひとりの女性としか思えない瞬間がいくつもあった。 その1つが第5話で、朝子が鉄平の腕に腕章をつけてあげるシーン。賃上げを巡って炭鉱員たちと鷹羽鉱業側が対立するなか、仲裁しようと間に入って腕を負傷してしまった鉄平は、朝子に、自分の代わりに毎朝、腕章をつけてほしいとお願いする。 朝子は最初、恥じらいからか黙ってしまったものの、鉄平が「忙しいか...」と名残惜しくも諦めようとすると、口早に「あ、忙しくっても腕章くらいつけれる」と応え、目を逸らしながら「つけてあげるけん」と呟き、小さな微笑みを浮かべてその場を離れる。 あとのシーンで、職場に出勤する鉄平を見送るときに満面の笑みで手を振る姿と幸せを噛みしめるような表情は、朝子の人生を丸ごと経験していないと表現できないのではないかと思うほど、真に迫ったものだった。 ドラマ内で杉咲花の自然体な演技が見られるシーンを挙げれば、枚挙にいとまがない。しかし、第5話の鉄平と朝子の初々しいやりとりは、以降の彼らふたりの距離をぐっと縮める印象深いワンシーンであり、あのころの端島での日常の一幕として、確かに存在していたと信じたくなる風景だった。
演じるキャラクターと共振する演技
杉咲が作品の世界で立っている場所と、そこから見える視界を必ずと言っていいほど心に留めているのは、彼女の作品に対するコメントやインタビュー記事を読めば一目瞭然だ。 人が人を理解するときに、どうしても想像の及ばない隔たりがある。でも、だからこそ彼女は自分ではない「誰か」を演じるうえで、その人物が立っている場所に少しでも近づくための努力を怠らない。ナチュラルすぎる朝子の長崎弁に視聴者は慣れきっているかもしれないが、それも並大抵の所業ではないはずだ。 どれだけ時代を遡ろうと、自らのルーツを持たない場所に暮らす人だろうと、演じるキャラクターが大切にしている価値観や言葉を尊重して、自身と共振させながら演技に挑んでいく。 激動に揺れる1955年の端島を生きる朝子が、現代のフィルターを通してもまったく違和感なく画面に存在しているのは、さりげない仕草や表情が自然と表出されるまで彼女自身が役に埋没しているからに他ならない。 『海に眠るダイヤモンド』の物語は、着実にクライマックスへ向けて針を進めている。そして、杉咲花が演じる朝子を観られるのもあとわずかだ。 物語の結末はもちろん気になるところだが、一挙手一投足にいたるまで見逃さずに、朝子として生きる彼女の芝居を目に焼きつけたい。 【著者プロフィール:ばやし】 ライター。1996年大阪府生まれ。関西学院大学社会学部を卒業後、食品メーカーに就職したことをきっかけに東京に上京。現在はライターとして、インタビュー記事やイベントレポートを執筆するなか、小説や音楽、映画などのエンタメコンテンツについて、主にカルチャーメディアを中心にコラム記事を寄稿。また、自身のnoteでは、好きなエンタメの感想やセルフライブレポートを公開している。
ばやし