【虎に翼】異例の“台詞なし23秒間”演出、寅子の怒りを込めた演説が意味すること
先週放送されたNHKの朝ドラ「虎に翼」の第6週では、主人公の猪爪寅子(伊藤沙莉)が高等試験に合格するまでの日々が描かれた。現在の司法試験にあたる、寅子が女性弁護士の第一号になる上での最大の難関だ。異色の朝ドラだけあって、単なる成功物語だけには終わらせない描写が光った。 【写真】圧巻の集合写真…寅子が学んだ「明律大学女子部」の面々
共に人生を賭けて勉強する仲間たちが、女性であるがゆえの厚い壁に阻まれ、人によっては法律家への道を断念して去っていく。「親」や「子ども」に束縛されながら、志なかばで諦める……強い思いを抱きながらも去っていく女性たちの凛とした姿が、視聴者の共感を呼んだ。まるで“敗者の美学”とでもいわんばかりに、夢破れる者たちのエピソードにこれほど深く迫った朝ドラも珍しい。【水島宏明/ジャーナリスト・上智大学文学部新聞学科教授】
口述試験は「生理痛」で本来の実力を発揮できず
寅子自身の合格までの道も、すんなりと成功とは描かれなかった。父親が検察によって濡れ衣を着せられる困難が立ちはだかる。最終的には無罪判決を得ることができたものの、寅子は十分な試験対策ができなかった。在学中の最後の試験は、筆記で不合格。女子部から合格者が一人も出なかったことで、明律大学女子部の新規募集は中止となった。寅子にとって2度目の挑戦となる卒業後の試験で合格者が出なければ、女子部の廃止が確定してしまう。そんなプレッシャーを背負い、寅子は弁護士事務所でお茶くみとして働きながら捲土重来を期して高等試験に臨んだ。 今度は無事に筆記試験を通過したが、その後の口述試験では「お月のもの」、つまり生理という困難がたちはだかる。寅子は生理痛がとりわけ重く、面接で実力を発揮できない。学業優秀で、普段ならば男子の成績優秀者にも引けを取らない寅子だが、唯一の弱みともいえるのがこの点にある。口述試験のあと、自分の部屋に戻った寅子は、くやしさのあまり声を上げて泣き崩れてしまう。
朝鮮に帰っていった「ヒャンちゃん」
在日朝鮮人の崔香淑(ハ・ヨンス)は、日本語が正しく発音できないために馬鹿にされた経験をバネに、法律家になりたいと寅子たちともに歩んできた。女子部の新規募集中止の時も先頭に立って学長に抗議し、次の高等試験で合格者を出せば募集を再開させる確約をとりつける。 だが、在日朝鮮人や思想犯に対する特高警察の弾圧が厳しさを増し、兄が勤める出版社では発禁処分が相次ぎ、ついに兄も朝鮮に帰国する。香淑自身にも容赦のない捜査の手が及ぶようになり、ついに高等試験を断念し、国に帰ることを決める。寅子たち女子部の仲間たちは、以下のようにして海辺で彼女との別れを惜しむ。 「お国のお言葉でのあなたのお名前は?」 ――崔香淑は漢字を日本語読みした「サイ・コウシュク」と呼ばれていた。仲間も本来の読み方を知らなかったのだ。 「私の名前はチェ・ヒャンスクと読みます」 「ヒャンちゃん・・・」 仲間たちからそう呼ばれた彼女は、歌を披露してほしいと寅子にねだる。 歌ったのは『モン・パパ』。子どもの目から見たパパとママの力関係をユーモラスに表現した歌だ。外では一家の主として振る舞う父親が、家庭では母親に頭が上がらない実状を楽しく表現している。同時に、女性がいくら有能でも外では夫を立てなければならない理不尽を皮肉るような歌詞でもある。女性の強さやしたたかさを示す表現でもあり、「性」による役割分業を問い直すこの朝ドラでは、劇中のテーマ曲として時々登場する。 「うちのパパとうちのママと並んだ時、大きくて、立派なはママ。うちのパパとうちのママがけんかして、大きな声で怒鳴るはいつもママ。嫌な声で謝るのは、いつもパパ…」 寅子の歌声が海辺に響く別れのシーン。仲間たちの笑顔が輝く美しい場面だった。 日本が朝鮮半島を植民地にして特高警察が言論を弾圧した時代である。朝鮮出身者が植民地支配からの脱却を願うのは当然だろう。日本人でも女性は弁護士になれない時代に、在日朝鮮人の女性が弁護士になるのは、まだ現実的ではなかった。民族愛のために日本を去った「ヤンちゃん」の思いも寅子たちに刻まれた。