「妻の介護疲れ」で顔が土気色になった78歳高齢男性が放った「あまりに物騒なひとこと」
日本は今、「人生100年」と言われる長寿国になりましたが、その百年間をずっと幸せに生きることは、必ずしも容易ではありません。特に人生の後半、長生きをすればするほど、さまざまな困難が待ち受けています。 【写真】「うつによる仮性認知症」と「本来の認知症」の見分け方 長生きとはすなわち老いることで、老いれば身体は弱り、能力は低下し、外見も衰えます。社会的にも経済的にも不遇になりがちで、病気の心配、介護の心配、さらには死の恐怖も迫ってきます。 そのため、最近ではうつ状態に陥る高齢者が増えており、せっかく長生きをしているのに、鬱々とした余生を送っている人が少なくありません。 実にもったいないことだと思います。 では、その状態を改善するには、どうすればいいのでしょうか。 医師・作家の久坂部羊さんが人生における「悩み」について解説します。 *本記事は、久坂部羊『人はどう悩むのか』(講談社現代新書)を抜粋、編集したものです。
完全主義者の悩み
私が在宅医療で診ていた七十六歳の女性は、重度の認知症とパーキンソン病のため、目は開いていますが受け答えはゼロで、手や口の振戦(細かく震える状態)があるのみでした。 彼女を介護していたのは二歳年上の夫で、自身も大腸がんで手術を受けた身でありながら、何でも完璧でないと気がすまない完全主義者でした。 寝たきりになったら妻がかわいそうと言って、食事の度に無理やり座らせ、消化がいいように軟らかく煮た手作りの料理を、ひと匙ずつ、毎回二時間ほどもかけて食べさせていました。インスタントの食品は使わず、出汁も鰹節を削って取るという徹底ぶりです。 訪問看護師やヘルパーも入っていましたが、心のこもった介護は身内でないとできないと、自分が率先して行い、ショートステイを利用しても、施設の食事は妻に合わないと、三度の食事を持参して、自分が食事介助をしていました(何のためにショートステイを利用していたのかよくわかりません)。 排泄もおしめはかわいそうと、定期的にトイレに座らせ、ウォシュレットで洗浄したあとはトイレットペーパーで拭くだけではなく、送風でしばらく乾かしてやるとのことでした。 私が診察をして、「呼吸音はきれいですよ」と言うと、「そうですねん」と応えるので、なぜわかるのかと聞くと、引き出しから聴診器を取り出したのには驚きました。通販で高価な医療用のものを購入していたのです。 喀痰の吸引も、訪問看護師にやり方を聞いて、自分でやっていましたが、ゴロゴロ音が完全に消えるまでやろうとするので、やりすぎて粘膜から出血させることもありました。 やがて、奥さんは誤嚥するようになり、何度か誤嚥性肺炎を起こしたので、致し方なく胃ろうを装着すると、市販の流動食などは使わず、自分で料理したものをミキサーで液状にして注入していました。栄養を摂らせなければという思いで、勢い多く入れすぎ、食道に逆流させ、また誤嚥性肺炎を起こして、何のために胃ろうにしたのかわからないこともありました。 褥瘡(床ずれ)の予防も完璧で、夜中でも二時間ごとの体位変換を怠らず、奥さんの皮膚はやせて薄いながらも、いつも良好な状態でした。 舌の苔も気になるようで、頻繁に手製の綿棒で拭っていましたが、「水でするよりパイナップルの汁がきれいになります」と言い、それも市販のジュースではダメで、毎度、生のパイナップルを搾っていました。 それでも奥さんの状態は徐々に悪化し、やがて完全に無言無動となり、排泄も尿は尿道カテーテル、便はおしめで取るようになりました。夫自身も介護疲れが出て、脚がむくみ、顔が土気色になって、訪問した私にビタミンの注射を求めることもありました。 「このままワシが弱ったら、こいつの世話はだれがするのかと思うと、元気なうちにカタをつけて、ワシもあの世へ行こうかと思います」 そんな物騒なことを言うので、ケアマネジャーと相談して、なんとか奥さんを施設に入れるよう説得しましたが、夫は受け入れませんでした。 私は彼女の主治医を七年しましたが、クリニックを退職することになり、最後まで診ることができなかったのが心残りでした。夫は若いときから常に完璧を目指し、何事も努力で解決してきたので、奥さんの介護も同様にと思っていたようです。そばで見ていて痛々しいものがありました。 さらに連載記事<じつは「65歳以上高齢者」の「6~7人に一人」が「うつ」になっているという「衝撃的な事実」>では、高齢者がうつになりやすい理由と、その症状について詳しく解説しています。
久坂部 羊(医師・作家)