にじさんじ・壱百満天原サロメの成長譚 高潔な精神性と自罰的な思考のはざまで
現在のVTuberシーンにおけるトップランナーのひとつであるにじさんじ。そのなかにおいてもタレントの活躍する分野は日々拡がっている。 【画像】サロメが描いた自身との相関図2種類 メインとなる生配信に加え、事務所が主導する企画への参加や監修、主に一人ひとりのライバーが主導となって進む歌ってみたなどの動画のほか、ここ数年ほどはエンターテインメントのフィールドでアーティストとして日の目を見る者も増加してきた。 育成プロジェクトである「バーチャル・タレント・アカデミー(VTA)」からも新規ライバーがデビューし始めており、現在約150名のメンバーが所属・活動しているにじさんじ。その層の厚さで今後も大きな影響を与え始めている。 さまざまなメディアや経路を通して存在感を放つにじさんじのタレントだが、さすがにデビューした最初の段階から好奇の目にさらされているとは言い難い。にじさんじのファンからの熱視線と期待はあるものの、日に日に落ち着きを見せていくのが常で、これはにじさんじだけでなくホロライブやぶいすぽっ!といった人気プロダクションに所属している面々誰しもが経験している。 ましてや2018年ごろの、まだまだファンの人数が今ほどの規模感でなかった時代に、デビュー配信に数万人も集まるというのは夢物語でしかなかった。考えてみれば当たり前なのだが、「デビューした最初の配信からその後にかけて期待と注目が集まり続ける」VTuber~バーチャルタレントというのは、本当に指折りの人数しかいないのだ。 そんな奇跡的で奇妙なシチュエーションを生み出してしまった存在が、にじさんじには複数名いる。今回記していくのは、そのなかでも特に注目を集め、極大のインパクトを残した壱百満天原(ひゃくまんてんばら)サロメについてである。 壱百満天原サロメは2022年5月21日にSNSに初投稿、2022年5月24日に初配信し、鮮烈なるデビューを飾った。にじさんじのなかで史上初となった単独デビュー、「壱百満天原」という“いかにも”なタレント名、今後の連載で触れていくが「VTA(バーチャルタレントアカデミー)」を設立・出身とするタレントが多いなか、彼女はそこを通っていない。それまでの新人デビューに比べてボリューミーな前触れが多かったこともあり、「じつはなにかの冗談やネタなのではないか?」とファンのなかで話題を呼び、さまざまな憶測が流れていった。 デビュー配信直前にして巻き起こったいつもとは違う“おかしな”空気。そんなムードのなかでスタートした彼女の初配信・内容は、いま見直しても比類なき特異さを誇っている。 ・初配信をするための放送枠がなかなかとれず、配信枠が5枠同時に取られるバタバタぶり ・配信サムネイルの画質があまりにも悪すぎる ・にじさんじを運営するANYCOLOR株式会社のCEO・田角陸氏の写真を使用し、サロメ本人と田角氏がクルクルと回転するローディング画面が出てくる ・黒塗りの住民票、履歴書、マイナンバーカード、胃カメラ画像をさらす。 ・上品なルックスとお嬢さま口調をみたリスナーが、面白がって「ですわ」口調を真似しだす わずか30分ほどの配信時間ながら、そこで残したインパクトは非常に強く、わずか1日足らずでアーカイブの再生数が100万を突破する事態になった。2024年8月末現在、このデビュー配信は600万再生間近となっている。もちろんだが、彼女のデビュー配信はにじさんじ所属のメンバーによる初配信のなかでも“ぶっちぎり”の再生数を誇っている。 翌日以降も『バイオハザード7』『EURO TRUCK SIMULATOR2』『Grand Theft AutoⅤ』『空気読み3』『絶体絶命都市2』『unpacking』『みんなのリズム天国』とさまざまなゲームをプレイ。その配信でも軒並み数万人以上の視聴者、最大で8万人から9万人もの視聴者が集まる大賑わいとなった。 ネットメディアも彼女の初配信・その後の活躍については敏感に反応し、連日彼女にまつわる報道がなされたことで、熱狂に次ぐ熱狂が生まれた。まさに「サロメフィーバー」ともいうべき現象を巻き起こした結果、デビューからわずか14日目となる6月7日にはYouTubeチャンネル登録者数が100万人を突破することとなった。 「チャンネル登録者数100万人達成日数」という点で言えば嵐、佐藤健、手越祐也、江頭2:50、本田翼、石橋貴明といった芸能界を代表する面々と肩を並べるほどの記録で、もちろんVTuber~バーチャルタレントとのなかではブッチギリの1位だ。 じつは筆者はここリアルサウンドテックにおいて、「VTuber史上最速の登録者100万人突破。壱百満天原サロメの“快進撃”はなぜ生まれた?」と題した記事を執筆している。約3年以上続いているこの「バーチャルタレント連載」において、彼女について取り上げるのは2度目。つまるところ筆者も当時の「サロメフィーバー」に乗っかり、火に薪をくべた側の人間であるわけだ。 現在YouTubeではライブ配信を古い順からソート(並べ替え)することができるのだが、デビューした1ヶ月間を見てみると明らかに再生数がおかしいことがわかる。その数字から当時の熱狂を感じられるわけだが、では「その後の壱百満天原サロメ」はどのような道筋をたどっているのだろうか。今回はそちらに焦点を合わせてみようと思う。 ■デビュー初期から“異質” 壱百満天原サロメの飛び抜けたポテンシャル 前回の記事を執筆した当時、筆者は彼女についてこう評している。いくつか抜粋しよう。 〈彼女は1時間ほどの配信の中で、自身のパーソナリティをフルに活かした配信を届けてくれる。この1時間というタイム感覚も、テレビ番組などを通じて体感として分かりやすく、彼女を見に来た新しいリスナーたちにとって親しみやすい〉 〈ゲーム内でのやり取りやハプニングをきっかけにした返答・リアクション、思わず飛び出す口の悪さとキレッキレなワードチョイスが彼女の配信でメインとなる笑わせポイントだ〉 〈「すでになっている」のではなく、「これからなろう」とする。彼女(壱百満天原サロメ)は、架空性のある設定を背負って演じるのみならず、架空性の強い夢・目標を掲げて、これから先の未来に向けて邁進する〉 こういった評価をしているわけだが、デビューから約2年が経過したいまでも、この本質に大きなブレはないように感じられる。 デビュー当初は1時間ほどであった配信も、彼女がゲームに慣れてきたという一面もあって徐々に長時間に渡って配信できるようになり、今年のにじさんじを象徴する大規模企画『にじさんじGTA』に参加した際には4~5時間ほどの配信、『スーパードンキーコング』のクリア耐久に挑んだ際には連続17時間以上に渡って配信するなど、年々ゲーマー/配信者としての体力を身につけつつある。 彼女自身は決してゲーム上手というわけではないものの、先に上げたようにジャンル・年代問わず様々なゲームタイトルに触れてきている。そんななかで、彼女がもっとも得意としているゲームジャンルを強いてあげるとするなら、格ゲーではないだろうか。デビュー以前に『ギルティギア』『東方非想天則』『MELTY BLOOD』『アルカナハート』などをプレイしており、ゲームセンターでもプレイしていたことがあるようだ。 「下手の横好きですのよ」「ヘタなりに無言でコンボを練習していた」と彼女は語りつつ、『ストリートファイター6』ではアーケードコントローラーを使い楽しそうにプレイしているのは、やはり新鮮だ。 「サロメが『SF6』をプレイする」「しかもアケコンでプレイする」という意外性ある話題はファンの間でも注目をあび、その後も度々格ゲー配信をしたり、大会に出場したりもしている。ちなみに「格ゲー界の神」とも評される梅原大吾は、彼女と初めて接する際に予習をし「フリーザの第二形態くらい強い」「視聴者数がすごい」と出会う前から気圧されていた。 デビュー当初からキレキレであった「お嬢様言葉・口調+ネットミーム」を絡めた言動は、現在でも相変わらず。小ボケ・ツッコミ、ところどころ垣間見せる常識外れな振る舞いも笑いを誘うのだが、じつは彼女は関西出身。配信でところどころ関西弁らしいイントネーションが混じっているだけでなく、「ユニバ」などの発音やイントネーションでリスナーと討論する、母親との会話を関西弁で再現してみせたりと、配信中に関西人らしさを感じる瞬間が何度かある。 そう考えると、デビュー時から輝いていた異様な“ツッコミ力”の高さにもうなづける。ゲーム内のキャラクターや出来事、コラボ中の相手、企画中に出されたお題など様々なモノに鮮烈なツッコミを入れ、時には「半ばキレているのでは?」という一瞬もあるほど。 だがこうした関西人らしい会話中のボケに対するツッコミ気質なスタンスは、自身にとって分からないことや未体験のものに対して「これはなんですの?」と疑問をぶつけ学びを得ようとするアクティブなスタンスへと繋がっているようにみえる。 言ってしまえば、「お嬢様に憧れる一般人」「いつかお嬢様になりたい」と語っている壱百満天原サロメは、自分にとって未知・未体験な事象に相対したときに積極的に知ろうとする過程を、丁寧かつ愛らしくみせているわけで、まさしく言行一致のスタンスだと感じられる。 デビューしてから1ヶ月と立たずにPR配信を任されたのを皮切りに、現在ではより多くの機会を求めてにじさんじ内外かかわらず企画に登場し、さらには企業CM・コラボ企画に多く参加しているのも、一流のお嬢様を目指すうえで彼女がさまざまな経験を会得しようとするロードムービーをみているかのようだ。 こうしてみると、壱百満天原サロメは「活気のある元気の良いタイプの人間」に見えるだろう。だがその実、樋口楓や月ノ美兎は彼女についてこう話してもいる。 「サロメ嬢はとてもフッ軽。人と絡みたがったり、おしゃべりするのが好き。でもコミュ障なんだよね。不思議な人だよ」 フッ軽でおしゃべり好き、しかしコミュ障。相反するような評価だが、実際のところ、彼女がかなり内気なタイプであることも同じように記しておくべきだ。