「やっと来たか」大橋祐紀、ブレイクの理由。21戦13得点、湘南ベルマーレFWの変化【コラム】
明治安田生命J1リーグ第32節、湘南ベルマーレ対名古屋グランパスが11日に行われ、2-1で湘南が勝利した。2得点を挙げた勝利に貢献した大橋祐紀は、11試合を欠場しながら自己最多を大きく更新する13得点をマークする。大卒プロ5年目のストライカーにどんな変化が起きたのだろうか。(取材・文:藤江直人) 【動画】大橋祐紀のゴールがこれだ!湘南ベルマーレ対名古屋グランパス
●湘南ベルマーレの歴史に並んだ大橋祐紀のゴール クラブ史上に残る記録の価値を問われても、J1リーグで4試合連続ゴールをマークした湘南ベルマーレのFW大橋祐紀の脳裏には、なかなかイメージがわいてこなかったようだ。 名古屋グランパスの猛反撃を後半の1ゴールだけに抑え、自らがあげた2ゴールを守り切った11日の明治安田生命J1リーグ第32節後の取材エリア。大橋はちょっぴり驚いた表情を浮かべながら、質問を介して記録の存在を教えてくれたメディアへ感謝。周囲に笑いの渦を引き起こした。 「そうなんですね……ありがとうございます」 ピンとこなかったのも無理はない。湘南の歴史において、4試合以上で連続ゴールを決めた選手は過去にわずか4人。そのうちベッチーニョと野口幸司は大橋が生まれる1996年8月よりも前に、リカルジーニョと元日本代表FWの呂比須ワグナーは物心がつく前の幼少期にそれぞれマークしていた。 補足すれば、すべてクラブ名がベルマーレ平塚だった1990年代にマークされている。湘南ベルマーレに改称された後、つまり21世紀に入って初の4試合連続ゴーラーになった大橋は、その過程でクラブに3勝1分けと“無敗”をもたらし、残留争いの渦中にある仲間たちをけん引している。 セレッソ大阪に2-0で快勝した第29節は87分にダメ押し弾を、残留を争う京都サンガF.C.との直接対決を1-0で制した第30節では39分に決勝弾をマーク。首位のヴィッセル神戸と1-1で引き分けた第31節では開始11分に先制弾を決めて、初優勝を目指す相手を慌てさせた。 キックオフ前の時点で5位の名古屋を迎えた一戦で、開始15分にゴールネットを揺らしたのも大橋。それでも、ホームのレモンガススタジアム平塚を沸かせたストライカーはどこまでも謙虚だった。 ●平岡大陽の計算違いと機転 「1点目は本当に大陽(平岡)のゴールだと思っていますし、そういったゴールがあるからこそ(自分の)数字が伸びているので。チームメイトたちに感謝したいと思います」 先制点は大阪・履正社高から加入して3年目の21歳、MF平岡大陽を含めた、複数の選手たちのイメージが完璧にかみ合ったなかで生まれた。きかっけは自陣のゴール前からDFキム・ミンテが放ったグラウンダーの縦パス。これをMF鈴木章斗がワンタッチで右サイドへ大きくはたいた。 ボールを受けたのは、フリーでポジションを取っていたMF阿部浩之。ガンバ大阪と川崎フロンターレでJ1リーグを制した経験を持つ34歳のベテランは、ピッチ上の状況をこう振り返った。 「大陽がいいところに走ってきたし、その前で章斗(鈴木)とおーちゃん(大橋)が相手をひきつけてくれたからこそ大陽のところが空いたと思うし、そこを見逃さずにしっかりと出せてよかったです」 ニアで大橋が囮になり、中央では鈴木章斗がDF野上結貴を引き連れてつぶれた。必然的にぽっかりと空いたファーへフリーで走り込んでいった平岡が、阿部が放つクロスのターゲットになった。 そして、手前でワンバウンドする難しい軌道のボールを、平岡はスピードに乗ったまま、やや前傾した体勢で胸の部分で巧みにトラップする。慌てて追走してきたMF久保藤次郎も追いつけない。 しかし、ここでちょっとした計算違いが起こった。平岡がこんな言葉とともに振り返る。 「僕のちょっとトラップが大きくなったところで、間接視野で大橋くんが目に入ってきた。なので、僕が狙うよりも大橋くんにパスを出す方が、ゴールできる確率が上がると思いました」 名古屋の守護神ランゲラックが一気に間合いを詰めてきた刹那。まさにその眼前で、平岡は右サイドへボールをはたく。そこにはニアでDF中谷進之介の注意を引きつけ、すかさずその背後へ回って中谷の視界から消え、フリーの状態を作り出した上でゴール前へ詰めてきた大橋がいた。 右足でゴールネットを揺らした直後。平岡のゴールだと試合後に感謝した言葉通りに、ランゲラックと交錯して転倒した平岡のもとへ、大橋は真っ先に駆け寄って抱きついた。平岡がこう続ける。 ●湘南ベルマーレが大橋祐紀につないだ襷 「大橋くんがあそこにいなかったら、ゴールは決まっていなかったと思うので。大橋くんと2人で取ったというか、阿部くんも章斗くんも含めて、チーム全員で取ったゴールだと思っています」 わずか8分後の23分には、湘南の山口智監督を驚かせた形で待望の追加点が生まれた。 左サイドから仕掛けられた名古屋の攻撃を、DF大野和成が必死に食い止める。クリアされた形になったボールは自陣の中央にいた阿部への縦パスになる。この瞬間、左前方に大橋がいた湘南に対して、名古屋は中谷とMF米本拓司しかいなかった。しかも、中谷がスリップして阿部を逃してしまう。 慌てて米本がつぶしに来るも、阿部はその股間にボールを通して前へ抜け出す。米本も倒れながら阿部に足を引っかけたが、すでにスプリントを開始していた大橋へ、一瞬早くボールが託された。 パスがわたった場所はハーフウェイラインの手前。オフサイドはない。ドリブルで独走していく大橋を追う選手は中谷ただ一人。それもかなり離されている状況で、名古屋ゴールが近づいてきた。 「ランゲラック選手が前へ出てくるのは見えていました。一発で決められたらよかったんですけど」 こう振り返った大橋が選択したのは、ランゲラックの頭上を越すループシュート。しかし、とっさの反応で右手を伸ばしたランゲラックに触られてしまう。しかし、宙を舞うボールに反応した大橋が無我夢中で頭をヒットさせると、シュートは無人の名古屋ボールへ吸い込まれていった。 「いいところにボールがこぼれてきたので『入れ』と思いました。決められて本当によかったです」 ●山口智監督の苦笑いと好調の理由 結果的に“決勝点”となった2ゴール目を、大橋は淡々とした口調で振り返った。これに対して山口監督は試合後の公式会見で思わず苦笑しながら、それでいてちょっぴり驚きを込めながら称賛した。いわく「1対1をヘディングで決める場面は、あまりないと思うんですけど」と。 「点を取る、というのは素晴らしいこと。最近の好調さもあって自分のところにセカンドボールが来たというか、日頃の行いもあってボールがいいところに来るんじゃないか、というのもありますね」 ジェフ千葉の下部組織出身の大橋は、千葉県立八千代高から中央大をへて2019年に湘南へ加入。4年次には関東大学サッカーリーグ2部の新記録となるシーズン21ゴールをマークし、中央大の2部優勝と1部復帰に貢献するなど、万能タイプの点取り屋として期待された。 しかし、J1リーグで待望の初先発を果たし、59分には先制点となるプロ初ゴールも決めた2019年4月28日のサガン鳥栖戦で右足を負傷。前十字じん帯と外側側副じん帯、大腿二頭筋の損傷と全治8カ月の大怪我を負い、残りのルーキーイヤーを治療と復帰へ向けたリハビリにあてた。 翌2020シーズンも春先に右反復性肩関節脱臼で全治5カ月、さらに夏場には左鎖骨骨折で同3カ月と二度にわたって戦線離脱。2シーズン目を無得点で終えた大橋は続く2021シーズンが4ゴール、昨シーズンが2ゴールと4年間の合計がわずか7ゴールにとどまった。 迎えた5年目の今シーズン。プロ初ゴールを決めた鳥栖のホーム、駅前不動産スタジアムに乗り込んだ2月18日の開幕戦で、大橋はJリーグの歴史にさん然と輝く1ページを刻み込んだ。 ●「ここ最近だけ調子がいいというわけではない」 開始3分に右足で先制弾を、36分には左足で追加点を決めた大橋は、60分に再び右足で湘南の4点目をゲット。J1の開幕戦では2006シーズンのFW柳沢敦(鹿島アントラーズ)、FW我那覇和樹(川崎フロンターレ)以来、17年ぶり6人目のハットトリックを達成した選手になった。余談になるが、記念すべき第1号はJリーグが産声をあげた1993シーズンに達成した神様ジーコ(鹿島)となる。 さらに湘南の所属選手によるハットトリックは、平塚時代の1998年4月の呂比須以来、実に四半世紀ぶりの快挙だった。しかし、好事魔多し。川崎との第3節の前半終了間際に負傷退場した大橋は、右大腿二頭筋の肉離れで全治10週間と診断され、またもや長期離脱を余儀なくされた。 ピッチに戻ってきたのは約3カ月後。リーグ戦だけで11試合におよんだ欠場をへて、アルビレックス新潟との第16節で途中出場を果たした大橋は、続く鹿島との第17節から名古屋戦まで17試合連続で先発。その間に10ゴールを量産して、トータル13ゴールで得点ランキングの5位タイに名を連ねている。 日本人選手に限れば、22ゴールでトップに立つFW大迫勇也(神戸)に次いで、FW鈴木優磨(鹿島)とパリ五輪世代のFW細谷真生(柏レイソル)と並んでいる。大橋のなかで何が変わったのか。 「まあ、ここ最近だけ調子がいいというわけではないので、そんなにはないと思います」 大橋本人はちょっぴり照れくさそうに、ほとんど変わっていないと強調する。ならば、周囲はどのように見ているのか。コーチ時代を含めて、2021シーズンから大橋を見ている山口監督は「周りを見て、周りを使えるようになった」と、プレースタイルの変化をブレイクしている理由にあげる。 ●「やっと来たか」ついに果たしたブレイクの理由 「いままでは『点を取りたい、点を取りたい』といった感じでした。そういう部分にフォーカスするのはすごく大事ですけど、フォーカスする割合がちょっと変わってきたのかなと。周りを使えるようになったからこそ、最終的に自分のところにボールが返ってくる割合が増えたんじゃないかと思いますし、もちろんゴール前に入っていく形を含めた個人の質のところは、シュート練習をたくさんしているなかで伸びています。あとはゴールを決める成功体験が、自信になっている部分もあると思います」 前線で神出鬼没の動きを見せながら、大橋をサポートしている阿部は「やっと来たか、という感じですよね」と、現在進行形でポテンシャルを開花させていると言わんばかりに大橋にこう言及した。 「点を取ってくれたら、やはりチームも乗りますよね。2点目に関しては、いい奪い方からいいカウンターができて、いい関係でアシストみたいな感じになった。おーちゃんに点を取らせる仕事じゃないけど、そういう部分に専念してもらえるように、僕がいろいろなことをできたらと思っています。そうしたなかでチームも勝てているし、役割分担といったものがうまくいっていると思います」 名古屋戦で大橋の先制点をアシストした平岡も「今日の結果が表しているように、すごく信頼できる選手です」と、大橋の大ブレイクは決してサプライズじゃないと強調した。 「僕自身は出会ったときから、すごい実力の選手だと思っていました。それが今シーズン、どんどん結果につながっていって、勢いにも乗っている。本当に偉大な先輩だと思っています」 ●「プロ選手として、ここだけは絶対に譲れないこと」 クラブ名称が湘南ベルマーレに変わってからは、絶対的なストライカーがなかなか現れなかった。チーム内得点王がひと桁のゴール数にとどまるシーズンが続いたなかで、昨シーズンはカタール・ワールドカップに臨む日本代表にも選出された町野修斗がリーグ2位の13ゴールをあげた。 今シーズンも9ゴールをあげていた町野は7月に、湘南の1部残留を仲間たちに託してドイツ・ブンデスリーガ2部のホルシュタイン・キールへ移籍。入れ替わるように怪我から復帰し、時間の経過とともに得点感覚をプロ仕様に磨き上げてきた大橋が、昨シーズンの町野のゴール数に並んだ。 町野が新天地を求めた湘南で、自分がやらなければ、という責任感がより強まったのか。こう問われた大橋は「うーん、そんなには思っていませんけど」と苦笑しながら、胸中に秘める思いを明かした。 「チームに貢献したいとずっと思ってきましたし、残り2試合、特に次が本当に大事なので、そこに向かって準備をしていきたい。自分としても、まだまだ、という部分があると思っているので」 湘南のクラブ公式ホームページの選手紹介欄には、個々に対して「50の質問」コーナーが設けられている。生き残っていくために勝負をかける5シーズン目へ。クラブ側から「プロ選手として、ここだけは絶対に譲れないことは」と問われた大橋は「ひたむきさ」と即答している。 念願のFWで勝負し始めた大学3年次まではサイドバックやボランチ、サイドハーフでプレー。豊富な運動量と球際での激しい攻防を求められてきた原点は、エースストライカーにふさわしい数字を残す存在になっても変わらない。だからこそ、山口監督も全幅の信頼を置いている。 「ゴールを取りながら献身的なプレーもできる、というのはチームにとってすごく大きいし、非常に助けられている。残り2試合、(ゴールを)取れるところまで取ってほしい」 大橋の4連続試合ゴールが始まる前まで、湘南は最下位に甘んじていた。一転して3勝1分けと無敗を続けてきた間に、横浜FCと入れ替わる形で17位へ浮上。25日の次節は眼下の敵となる横浜FCのホーム、ニッパツ三ツ沢球技場に乗り込み、勝てば自力で残留を決められる大一番が待つ。 指揮官の期待通りに大橋がゴールを決めれば、ベッチーニョと野口が持つ5試合連続ゴールのクラブ記録に29シーズンぶりに並ぶ。そして、ホームにFC東京を迎える12月3日の最終節でも再現されればクラブ新記録が生まれる。そのときにはきっと、6シーズン連続のJ1残留も決まっているはずだ。 (取材・文:藤江直人)
フットボールチャンネル